2013年04月12日

ラムズフェルドの経歴とか製薬とかキタチョープロレスとか

ロシア モサド アイゼンベルグ 北方領土 な話を書こうと思ってたんですが、
前回の終わりもそんな感じだったですが、
少し変えますw



今回は、ひどいですw
いつもちゃんとしてるとは、よー言いませんがw
クチャクチャですw



カネの塊は、違う企業を経由しながら(事業を売りに出す)、カネと技術を膨らませながら、戻る。
ので、テロや買収のきっかけをつくるところには、口封じなブーメランが襲い掛かったりする(下っ端だけのシッポ切り)。

分かりやすいのは、ウエスチングハウスだね。
東芝が発狂している理由。

勿論に光沢な表情を浮かべながら、キチガイをしてるけどね、東芝は。





○核による気象影響 と アルジェリアテロの背景 モサドの二枚舌
http://desuperado.seesaa.net/article/354449612.html

世界3大原子炉メーカーは、

アレヴァ×三菱重工 
ウェスティングハウスエレクトロ(WH)×東芝
ゼネラル・エレクトリック(GE)×日立製作所


アレヴァは、2001年に独シーメンスの原子力部門の買収。
おやおや・・・シーメンスっていえば、SCADAシステムっていえば、スタクスネットっていえば、CIAモサドっていえば、聖戦ヤローな三菱。

ウエスチングハウスは、軍事部門を96年にノースロップ・グラマンに売却し、
商業用原子力部門を98年に英国核燃料会社(BNFL)に、
英国核燃料会社は、スイスのアセア・ブラウン・ボベリの原子力事業を2000年に買収(WHに吸収)。
そして、18億ドル〜54億ドルまで引き上げられ東芝がWHを2006年に買収w(2005年から売りに)

ノースロップ・グラマンが米国最大の造船企業(軍艦メーカー)となるのは、2001年。

核兵器の始まり マンハッタン計画は、GEで繋がる。
その始まりは、カリフォルニア大学。
そこが運営していた、ロスアラモスは、2005年に競争入札に入り、ベクテルが入った LANS が2006年から共同運営。

>核実験年表を覗くとキニナル事がある。
それまで、毎年行われてきた核実験が2006年8月〜2010年9月まで無い。

そーいえば、2005,6年辺りから世界的にも地震が多い気するのは、気のせいかな?


それと、コレですな。。

>CIA、モサド、M16-ケロッグ・ブラウン・ルート-日揮-JICA  という1つの側面。
>アルジェリアテロのきっかけは、フランス軍のマリ攻撃。ケツには、ウラン利権 アレバの存在。
>アレヴァ×三菱重工
>アレヴァは、2001年に独シーメンスの原子力部門の買収。シーメンス、、SCADA、、スタクスネット、、CIAモサド、、三菱、、


得意のtheジサクジエンテロが炸裂したアルジェリア。

ケロッグ・ブラウン・ルートは、別に傭兵専門じゃないですからね。
親会社のハリバートンもありますが、↓で書いてますな。

http://desuperado.seesaa.net/article/354099257.html





ベクテル=人工地震=公共工事 は、基本だが。

↑を見て、「だろうな」で言えば、

ノースロップ・グラマン×ウエスチングハウス→ベクテル
軍艦×核→人工地震



この形を成した、これが2006年。


元々、ベクテルは地震おこしてんじゃねーかっ!と言われそうなので、一応。
ロスアラモスに直にベクテルが入ってきた、とゆー事を考えれば。
元々、多国籍群(国を操る者達)だが、自由貿易、ISD条項なんかで分かるように、国というモノの表立った「形骸化」っていう侵攻の一つの表れです。
米国で「TPPの中身を知らない」と議会で紛糾してるみたいだが、ソーユー事。
「国という形の中で行われる政治の影響力の排除」
小沢一郎がヤラレだした時期、仕掛けの時期と被るでしょ。
山田洋行事件の本質です。


そういった流れの中での「政権交代」
簡単に大きく分けて2つの流れ。
「このままじゃ、ダメでしょ」と「アカ狩り一掃セール」
その後の事は、知っての通り、てか、ご覧の通り。

今までも資本のいいなりだったじゃねーかっ!とも言われそうなので、ヤラレている箇所をほとんど奪われた事を一言で言うと。
資本に対しての 「距離感」で作る「影響力の差」

で、隠す事も無くなったかのように。
僕達の持っている力、分かりやすく最大の武器で盾になるのが「憲法」ですが、今ソレを変えようとしてきていますね。


「不正選挙」

本当に最後のカードですね。
今まで通り、「アカ」のレッテル張りに終始してしまうのか。


「民族主義」
「独立」

「150年」にしても自分なりに思う事があるので、そろそろ書こうとは思います。



で、話戻して、
この時、核事業の右手は↓

https://mobile.twitter.com/tutinoue/status/321837651495878656?p=v
ばぜどん @tutinoue
2006/10/19 09:32  次世代原発を共同開発 三菱重工、仏アレバと提携

http://t.co/rTI3R07E8d
WHが東芝に買収されたことで提携戦略の見直しを迫られていた。 。。 ←意外と最近なのね。




さてと、、、カネの塊は、違う企業を経由しながら(事業を売りに出す)、カネと技術を膨らませながら、戻る。
企業が違ったって、株主などの中のヒトは同じ。

そろそろ触らず置いておいた、ドナルド・ラムズフェルド に行きませう。






●nYoの どうにも、真実が気になる。  13/4/8
○メモ。 「鳥インフル」煽りで動く治療薬、ワクチン、特措法。

http://blog.livedoor.jp/bettycat530-shinjitsu/archives/26520859.html




いろいろ興味深いw


イラク戦争に反対してた国でSARS感染。(2002、3年)

オランダの研究者が、遺伝子操作で強力な鳥インフルエンザウイルスの生成。
2011年9月11〜14日に欧州・マルタで開かれた「インフルエンザ学会」で明らかにされた

最近、巷を賑わせているインフル。

世界保健機関(WHO)が有効としている(まったく効かない、てか逆に大変な危険がある)治療薬は、タミフル、イナビル、リレンザ。

中外製薬は、タミフルをスイスの製薬大手ロシュから輸入、販売。


オセルタミビル  Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%93%E3%83%AB
オセルタミビル (oseltamivir) はインフルエンザ治療薬である。オセルタミビルリン酸塩として、スイスのロシュ社により商品名タミフル (tamiflu) で販売されている。

1996年に米ギリアド・サイエンシズ社(1997年から2001年まで元アメリカ合衆国国防長官のドナルド・ラムズフェルドが会長を務めた)が開発、スイスのロシュ社がライセンス供与。

2005年11月に FDA の小児諮問委員会で報告された際には、「タミフル」の全世界での使用量のうちおよそ75%を日本での使用が占めており、世界各国のうちで最も多く使用されている上、同2位のアメリカ合衆国と比べ、子供への使用量は約13倍であった



第一三共は、イナビルを製造。

ラニナミビル Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%8A%E3%83%9F%E3%83%93%E3%83%AB

 ラニナミビル(Laninamivir)は、インフルエンザ治療薬。第一三共により開発名「CS-8958」として研究開発されていた。2010年9月日本での製造承認が認められた。商品名は「イナビル」

用法・容量 [編集]

10歳以上の日本人に対しては、通常40mg(つまりパッケージ2つ)を一度吸入すれば、それで治療は終了となる。10歳未満の日本人に対しては、20mgの投与となる。
妊婦についての安全性は確認されていない。また母乳中への移行が確認されており、授乳婦においても安全性は確認されていない




ザナミビル Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%8A%E3%83%9F%E3%83%93%E3%83%AB

ザナミビル (Zanamivir) は、世界で最初に開発されたインフルエンザ治療薬。ザナミビル水和物としてグラクソ・スミスクライン社により商品名「リレンザ」が販売されている。

歴史 [編集]

・1989年 - オーストラリアのビオタ (Biota) 社が、初めてのノイラミニダーゼ阻害薬としてザナミビルを開発
・1990年 - ビオタ社がグラクソ(現在のグラクソ・スミスクライン)に独占的にライセンス提供し、リレンザとして販売
・2000年12月 - 日本でリレンザが発売される[2]。健康保険給付対象外。
・2001年2月 - 日本で健康保険の給付が適応
・2006年2月 - 日本で5歳以上の小児へ適応が承認
・2007年1月 - 日本でタミフルと同様にインフルエンザに対する予防投与が認可
2013年2月 - 日本の厚生労働省は、2009年から2012年にリレンザを投与された患者3人にアレルギー性ショックが発生し、そのうちの1人(30代女性、予防投与)が死亡したことを発表




○食料の高騰と遺伝子組み換え食品とワクチンと メモ
http://desuperado.seesaa.net/article/286793825.html

●すべては気づき
○遺伝子組み換え技術活用インフルエンザワクチンを全国民へ接種?
はい。

http://sekaitabi.com/fluvaccine.html

インフルエンザ特措法閣議決定
UNIGEN→世界最大級のワクチン工場建設中
グラクソ・スミスクライン(GSK)と第一三共→「ジャパンワクチン」設立









ドナルド・ラムズフェルドの経歴 

G.D.サール(製薬大手、現ファーマシア社)社長、ケロッグ社(食品)、ジレッド・サイエンス社(バイオテノロジー)、トリビューン社(シカゴ・トリビューンとロサンゼルス・タイムズ)役員、アセア・ブラウン・ボベリ(原子力)取締役。ガルフストリーム・エアロスペース(特殊任務軍用機、ゼネラル・ダイナミックス子会社)取締役、ギリアド・サイエンシズ社、ランドコーポレーション(軍事シンクタンク)理事長、アミリン製薬会社役員、サロモン・スミス・バーニー・インターナショナル社顧問会議議長 、米国行政協会会員、ジェラルド・R・フォード財団理事、アイゼンハワー交流奨学基金理事、スタンフォード大学フーバー研究所理事、国立公園財団理事、米露ビジネスフォーラム会員、国家安全保障顧問グループ議長


(他にもあると思うwとりあえずですw)



>前歴にG.D.サール(製薬大手、現ファーマシア社)・・・今は「ファイザー」


G.D.サール (企業)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
歴史
1888年、ネブラスカ州オマハで、ギデオン・ダニエル・サール(Gideon Daniel Searle)により設立
1908年、シカゴで法人化
1941年、イリノイ州スコウキ(Skokie, Illinois)に本部設置
1977 - 1985年、ドナルド・ラムズフェルド、CEO就任
1979年、ロバート・シャピロ(Robert B. Shapiro)を相談役とし、アスパルテイム製品「ニュトラスウィート(NutraSweet)」開発。 ロバート・シャピロは、1982年、子会社ニュトラスウィー(NutraSweet)CEO就任
1985年、モンサントにより買収
2000年4月、ファルマシア・コーポレイション合併(所在地:ニュージャージー州ピーパック・グラッドストン(Peapack-Gladstone, New Jersey))
2003年、ファイザーにより買収

[編集] 主な製品
Enovid:経口避妊薬、1960年
Metamucil:瀉下薬、1934年
ドラマミン(Dramamine):ジメンヒドリナート(Dimenhydrinate)、目まい・乗り物酔い予防、抗ヒスタミン剤
Bextra:バルデコキシブ(valdecoxib)
Ambien:ゾルピデム(Zolpidem)、睡眠薬
ニュトラスウィート(NutraSweet):人工甘味料アスパルテイム、1965年開発。1981年販売。1996年FDAはアスパルテイム規制を排除。サール社の特許は1981年まで延長。1992年12月に特許無効化



最近、噂の発ガン物質、アスパムテール。

●危険な添加物から子供を守るA
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=272298&g=123204
□□甘味料□□
●アスパムテール(危険度4)
砂糖の代わりに甘味料として清涼飲料水、菓子類、アイスクリーム、ガム、ダイエット甘味料等に使われる。

アスパムテールをビーグル犬に体重1キログラムあたり3グラム以上えさに混ぜて投与すると、その半数が死亡する。ラットによる実験では、成長不良、食欲不振、リンパ球数の低下が認められている。ヒトの推定致死量は200〜300グラム。

●サッカリンナトリウム(危険度4)
砂糖の代わりに甘味料として清涼飲料水、粉末ジュース、乳酸菌飲料、発酵乳、ダイエット甘味料等に使われる。

1980年にカナダでのラットによる実験により発ガン性(膀胱ガン)が確認された。国立ガン機関(IARC)は、「サッカリンナトリウムはヒトに対してガンを引き起こす可能性がかなり高い。」としている。

●サッカリン(危険度4)
甘味料としてチューインガムに使われる。危険性はサッカリンナトリウムとほぼ同じと考えられる。





GDサール
1977 - 1985年、ドナルド・ラムズフェルド、CEO
1985年にモンサントへ売却



モンサント
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
1901年、ミズーリ州セントルイスに、ジョン・F・クイーニイにより創業。モンサントという社名は妻のオルガ・モンサントに由来する。オルガ・モンサントの父エマニュエル・メンデス・デ・モンサント(Emmanuel Mendes de Monsanto)は、デンマーク西インド諸島(Danish West Indies、現アメリカ領ヴァージン諸島)の砂糖会社の投資家であった。会社最初の製品は人工甘味料サッカリンであり、コカ・コーラ社に販売した






前々回に ブラウンルート と合併した 「ケロッグ」について出したが、、 

>石油パイプ製造の「ケロッグ」ってのは、検索があまり進まないが、
シリアル食品の「ケロッグ」がすぐに出てくる。

まぁ、ケロッグ財閥なんだろけど、英語ばっかりで進めませんw



ケロッグは、モンサントと提携をしている。

日本モンサント newsリリース 05/12/26
http://www.monsanto.co.jp/news/release/051226.shtml
ケロッグ社が食品のトランス脂肪酸低減のため、モンサントの低リノレン酸大豆を使用
ケロッグ社は12月9日、トランス脂肪酸を含まない食品の需要が急増することを受け、米モンサント・カンパニーの低リノレン酸ヴィスティブ大豆を自社の食品に使用する契約を締結したと発表しました。低リノレン酸大豆は、食品中に含まれるトランス脂肪酸低減に寄与するものとして注目されているもので※、米国では2006年1月からの食品へのトランス脂肪酸表示が義務されることからその需要が増大することが予測されています。





GDサールは、2000年4月、ファルマシア・コーポレイションと合併




ファルマシア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%82%A2
ファルマシア (Pharmacia) は、かつて存在した製薬・ライフサイエンス企業で、本社はスウェーデン・ウプサラに存在した。Pharmaciaはラテン語の製薬・薬局の意。ファルマシアの商号は子会社の設立・独立や他社との合併に伴い変遷を重ねている。なお日本薬学会の学会誌にも「ファルマシア」(Farumashia) があるが、当社とは関係ない。
1911年ストックホルムに設立され、1951年ウプサラに移転した。ウプサラ大学との共同研究も多く行い、医薬品のほか研究・試験用試薬なども開発した。1967年には、試薬等の製造部門としてファルマシア・ファインケミカルズを設立した。

ファルマシアは1991年に栄養・血液関係の製薬企業カービ社 (Kabi Vitrum) と合併してカービ・ファルマシアと称した(カービ部門は後にファルマシア&アップジョンからフレゼニウス社に売却されフレゼニウス・カービとなった)が、1995年にはアメリカのアップジョンと合併してファルマシア&アップジョンとなり、本拠をロンドンに移した。

ファルマシア&アップジョンは2000年にモンサントと合併し、モンサント本体に移された農薬部門を除いて再びファルマシアという名の子会社になった。

2003年4月にファルマシアはファイザーに買収された。また、日本法人も同年8月にファイザー製薬株式会社と統合され、ファイザー株式会社となった。


また2004年にはウプサラにあったファイザーのアレルギー診断薬部門が買収されてファルマシア・ダイアグノスティクス (Pharmacia Diagnostics) となったが、2006年にはファディア (Phadia) と改称した(日本法人はファディア株式会社)。

ファルマシア・ファインケミカルズ [編集]
ファルマシア・ファインケミカルズはバイオテクノロジー関係で業績を伸ばし、1986年にLKBプロダクツ (LKB-produkter AB) を買収してファルマシア・バイオテクと改称した。

ファルマシア・バイオテクは1997年に英国のアマシャム・ライフサイエンスと合併しアマシャム・ファルマシア・バイオテクとなった。これはファルマシア&アップジョンとの資本関係を解消してアマシャム、さらにアマシャム・バイオサイエンスと改称し、さらに2004年、GEヘルスケア(GE Healthcare, ゼネラル・エレクトリックグループの一員)に買収されてそのライフサイエンス部門となった。GEヘルスケアのライフサイエンス部門の本拠は現在もウプサラにある。かつて1984年にファルマシアからスピンオフしたビアコア社も、2006年にGEヘルスケアに買収された。現在のライフサイエンス部門の日本法人はGEヘルスケア バイオサイエンス株式会社(GEヘルスケアの日本法人としては別にGE横河メディカルシステムもある)。

これにより、現在はファルマシアの名は残っていない。ファイザー社内のスウェーデンに残った諸部門もすでに売却、または売却予定である。







はい。

ウプサラ大学といえば、スウェーデンボルグ、ニューエイジ、フリメw
宗教屋のイメージが強いが、スウェーデンボルグが切り開いた道に結晶学がある。


結晶学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%90%E6%99%B6%E5%AD%A6結晶学は、結晶の形態分類、光学的性質や、想定される原子・分子の配置との関係を調べる古典的な結晶学と、X線回折などの方法で原子配置を調べる現代的な結晶学に分けることができる。現在では原子配列決定のための方法論として、生化学や材料工学への応用の面が広がっている。
結晶学の主要な方法はある種のビームを当てた場合に起こる回折のパターンの分析である。このビームとして、最も普通に使われるのはX線である。目的によっては電子や中性子が用いられるが、これは粒子が波としての性質(量子力学で記述される)も有することによる。



X線回折
http://ja.wikipedia.org/wiki/X%E7%B7%9A%E7%B5%90%E6%99%B6%E6%A7%8B%E9%80%A0%E8%A7%A3%E6%9E%90
X線回折(エックスせんかいせつ、X‐ray diffraction、XRD)は、X線が結晶格子で回折を示す現象である。

1912年にドイツのマックス・フォン・ラウエがこの現象を発見し、X線の正体が波長の短い電磁波であることを明らかにした。

逆にこの現象を利用して物質の結晶構造を調べることが可能である。このようにX線の回折の結果を解析して結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法をX線結晶構造解析あるいはX線回折法という。しばしばこれをX線回折と略して呼ぶ。他に同じように回折現象を利用する結晶構造解析の手法として、電子回折法や中性子回折法がある。



放射線(放射能)は、レントゲン、X線の発見からと考えて。
電磁気学からの発展。


歴史あるカルト大学ウプサラと提携、経由すると言う事は、、、
ノーベル物理受賞者なんかをご覧あれ↓

ウプサラ大学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%97%E3%82%B5%E3%83%A9%E5%A4%A7%E5%AD%A6
1477年にエリック13世によって創設された北欧最古の大学。ヨーロッパの最も権威ある高等教育・研究機関の一つ。

平和と紛争研究において世界的拠点の一つである研究所を擁している[7]。





ファルマシアに戻りまして、

遺伝子組み換え モンサント
そして、GEヘルスケア ね。

詰まり過ぎです。



>ファルマシア&アップジョンは2000年にモンサントと合併し、モンサント本体に移された農薬部門を除いて再びファルマシアという名の子会社になった。

ファルマシア&アップジョンで検索をかけると・・・


治験中の死亡事故についてのファルマシア&アップジョンへの質問状。(塩酸イダルビジン)
http://www.yakugai.gr.jp/topics/file/idarubisin_q_19980331.pdf


塩酸イダルビジン・・・抗がん剤です。
「ガンには効かないが株には効く」の抗がん剤です。
白血病に対してのクスリ。


イダルビシン        idarubicin Hydrochloride 分類 抗がん性抗生物質  
  (塩酸イダルビシン/イダマイシン)
http://www.kenko-msnet.jp/idarubicin.html


イダルビシンはアントラサイクリン系の抗生物質で,ダウノルビシンの誘導体すなわちプロドラッグです。

 この抗がん剤は1974年,イタリアのファルミタリア社(現ファイザー社)で開発されました。

ダウノルビシンよりも脂溶性があり,細胞内に早く吸収されるという性質があります。

 この抗がん剤の作用機序はDNAと結合して酵素のDNAポリメラーゼの働きを抑制するとともに,トポイソメラーゼUの働きも阻害して,DNAの複製を阻止します。。


ーーーーーーーーーーーーーー

抗がん剤の副作用
 この抗がん剤は強い骨髄抑制作用があるため,感染症や貧血,出血傾向などに注意が必要です。

 また,抗がん性抗生物質の中でもアントラサイクリン系の特徴として,心臓にダメージを与えやすいすいという点が上げられます。

 心臓に対する毒性は,総投与量が多いほど,発生頻度高く,症状も重くなり,まれにショック
を引き起こすこともあります。

 その他の副作用として吐き気・嘔吐,口内炎,脱毛の発生頻度が高いという特徴があります。

 また,頭痛や発熱,悪寒,発疹,筋肉痛,肝臓や腎臓の機能の低下などがみられることもあります。
 



使用上の注意

 点滴中に抗がん剤がもれると,皮膚炎を起こしたり,ひどい場合には皮膚に壊死性の潰瘍ができることもありますので,点滴中はできるだけ体を動かさないよう注意してください。

 心臓に障害を持っている人やその既往歴のある人は使用できません。

 重い肝臓障害や腎臓障害がある人も使用できません。

 また,この抗がん剤剤による治療の前に他のアントラサイクリン系薬剤など,心毒性のある抗がん剤治療を受けた人は強い心臓障害が現れる可能性かあります。

 胸部への放射線照射と併用した場合,心臓障害が強まる恐れがあります。

 催奇形性や胎児への毒性が報告されており,妊婦または妊娠している可能性のある人は医師と相談してください。

 授乳は控えてください。







癌は、調べると分かるが身体の自己修復機能にできる。
一般的な抗がん剤や外科は、その修復する力も一緒に剥いでしまう。
なので、抗がん剤は、免疫力の低下により感染症を誘発させる。

で、↑の抗がん剤使用に対する簡単な副作用、注意点を出しましたが、
今なら、ピンとくる方多いと思いますが、
被ばくの症状と被りますね。
放射能は、身体の全免疫力低下をそして感染症の発症を。

癌には、放射線治療が有効的と言われますなw


化学的な抗がん剤の出現は、第二次世界大戦中の1943年。


ナイトロジェンマスタード
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%89
ナイトロジェンマスタード(Nitrogen mustard、窒素マスタードとも呼ぶ) は化学兵器の一つ。第一次世界大戦で使われたマスタードガスの硫黄原子を窒素に置き換えた化合物である。

細胞毒性に着目して使用された最初の抗がん剤で、白血病や悪性リンパ腫の治療薬として使われていた。クロロエチル基がDNAをアルキル化することによって核酸の合成を妨げ抗腫瘍効果を現す

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1943年12月2日、イタリアの連合国側の重要補給基地であるバーリ港にドイツ軍は爆撃を仕掛け、輸送船・タンカーを始めとする艦船16隻が沈没した。その中のアメリカ海軍リバティー型輸送船「ジョン・E・ハーヴェイ号」には大量のマスタードガスが積まれており、漏れたマスタードガスがタンカーから出た油に混じったため、救助された連合軍兵士たちは大量に被曝。
翌朝、兵士たちは目や皮膚を侵され、重篤な患者は血圧の低下、末梢血管の血流の急激な減少などを経て白血球値が大幅に減少。結果、被害を受けた617人中83名が死亡したが、一日あたりの死者の数を見ると、被害後2日目、3日目に最初のピークを迎え(イペリットによる直接の死者)、8日、9日後に再度ピーク(白血球の大幅な減少による感染症)を迎えた。

アメリカ陸軍はこの事件および化学兵器研究チームの報告から、マスタードガスおよびナイトロジェンマスタードがX線同様に突然変異を引き起こす可能性が高いと考え、当時はX線照射療法しかなかった悪性リンパ腫の治療が試みられた。マウスで成果が確かめられた後、1946年の8月には末期癌患者に対して新たに開発されたHN-3の塩酸塩が使用された。10日間の注射で、腫瘍は二日目から縮小し始めて二週間で消滅。副作用で障害を受けた骨髄も数週間後には回復したが、結局再発死亡した。

1949年、東京帝国大学医学部薬学科教授・石館守三と東北帝国大学医学部病理学教授・吉田富三は、ナイトロジェンマスタードの毒性を弱めるためにナイトロジェンマスタードの塩酸塩を炭酸水素ナトリウム水溶液に溶かし、過酸化水素で酸化することによりナイトロジェンマスタードN-オキシド(ナイトロミン)を合成したが、その毒性はナイトロジェンマスタードの半分以下であった。ナイトロミンの塩酸塩は、日本では吉富製薬により抗悪性腫瘍剤として販売された。

しかしその後、ドイツで同じくナイトロジェンマスタード誘導体のシクロホスファミドが開発され、ナイトロミンは市場を奪われることになった。さらに、ナイトロジェンマスタード誘導体としてクロラムブシル、メルファラン、ウラシルマスタードなどが開発されて現在に至る。






はい。

ナンダカ悲劇の中で生まれた英雄のような取り扱い方(嘲)
流石、wiki(嘲)まぁ、一般的にはそーゆー事なんだろね。

ドイツ軍の攻撃とあるが、ナチスの援助は、国際決済銀行を介して、米石油屋(ブッシュ爺)から。
勿論に米軍のコアの一つでしたからね、 人体実験プロレス です。



マスタードガス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%AC%E3%82%B9
マスタードガス (Mustard gas) は、化学兵器のひとつ。2,2'-硫化ジクロロジエチル(2,2'-Dichloro Diethyl Sulfide)という化合物を主成分とする。びらん剤(皮膚をただれさせる薬品)に分類される。硫黄を含むことから、サルファマスタード(Sulfur mustard gas)とも呼ばれる。

主にチオジグリコールを塩素化することによって製造される。また、二塩化硫黄とエチレンの反応によっても生成される。純粋なマスタードガスは、常温で無色・無臭であり、粘着性の液体である。不純物を含むマスタードガスは、マスタード(洋からし)、ニンニクもしくはホースラディッシュ(セイヨウワサビ)に似た臭気を持ち、これが名前の由来である(他にも、不純物を含んだマスタードガスは黄色や黄土色といった色がついている為に、マスタードの名が付けられたという説もある)。第一次世界大戦のイープル戦線で初めて使われたため、イペリット(Yperite)とも呼ばれる。


歴史
1859年、ドイツの化学者アルベルト・ニーマン(Albert Niemann)により初めて合成。彼は皮膚への毒性を報告するが、2年後に中毒が原因と思われる肺疾患により死去。翌1860年にはイギリスのフレデリック・ガスリー(Frederick Guthrie)も合成して毒性を報告している。
1886年、ドイツの研究者ヴィクトル・マイヤーが農薬開発の過程で合成法を完成。彼はその毒性に手こずり、実験を放棄。
1917年7月12日、第一次世界大戦中にドイツ軍がカナダ軍に対して実戦で初めて使用し、約3500人の中毒者のうち89人が死亡。その後、同盟国・連合国の両陣営が実戦使用した。大戦中のドイツ・フランス・イギリス・アメリカの4ヶ国での生産量は計1万1千tに及んだ。
1938年(昭和13年) - 1945年(昭和20年):支那事変中、関東軍防疫給水部(731部隊)はマスタードガスを含む化学兵器を研究しており、戦場において毒ガス砲弾が実際に使用されたとされる。ハルビン731ベース廃墟では最近、古いマスタードガス砲弾が発見された。数年前に、中国各地でマスタードガス砲弾が発見され、地下に埋められてまだ発掘されていないものも未だに存在する。
1943年12月、イタリア南部のバリ港にて、アメリカの貨物船「ジョン・ハーヴェイ号」がドイツ空軍の爆撃を受け、大量のマスタードガスが流出し、アメリカ軍兵士と一般市民617名が負傷、83名が死亡した。(ジョン・ハーヴェイ号事件)
イラン・イラク戦争時、イラク軍はイラン軍および自国のクルド人に対し、マスタードガス、サリン、タブンを使用したと言われる(但し異説あり)。このうちクルド人に対して行なわれたものを、事件の起こった町の名を取って「ハラブジャ事件」と呼ぶ。詳細はハラブジャ事件の項を参照。





ドイツ発祥の毒ガス。
勿論に731部隊も。
じゃあ、エイズを。






●contemporary navigation
○地下鉄サリン事件、よど号事件と国立がんセンター、厚生労働省を繋ぐもの
http://ccplus.exblog.jp/13196174/

○薬害エイズ事件とエイズ研究所発生説

http://ccplus.exblog.jp/13239226/

「エイズ=生物兵器説」の真相・再説

エイズの症例がはじめてニューヨークで発見されたのは1979年だが、実はそのすぐ前年の1978年に同じニューヨークのマンハッタンでB型肝炎ワクチン試験が「実験」として実施された。被験者としてモルモットにされたのは、誰あろうゲイの人びとであった(バイセクシュアルをも含む)。しかもその対象は、平均年齢が29歳の/健康で/高い教育を受け/不特定多数の相手と性的関係を持つ/白人の男性のみをリストアップしたものであった。

この試験を執り行ったのはニューヨーク市血液センター。そのスポンサーとなったのが、まことに都合のよいことに、今日では積極的にエイズ予防・治療に取り組んでいる国立防疫センター(CDC)・国立衛生研究所(NIH)、そして国立アレルギー感染症研究所などの各政府機関であった。

この「実験用」B型肝炎ワクチン試験を監督したのが、当時CDCの疫学者であったドナルド・フランシスなる人物で、彼はハーバード大学のマックス・エセックスの研究所でかつてネコ白血病ウイルスの研究に従事し、CDCではエイズ特別研究班長を務めたほどの経歴の持ち主である

中略

この試験のその後の追跡調査を行った結果、実験用ワクチンを接種されたゲイの「実に半数以上が」HIVに感染していた(1986年時点の報告から)

以上引用終わり

http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/aids_genocide2.html



ここで述べられているのは、ゲイの人達へのB型肝炎ワクチンの実験によって、エイズが拡大したのではないか?という事である。

「エイズ=生物兵器説」の真相
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/aids_genocide1.htmlも参考に


では、アフリカには、どうやって拡大していったのであろうか?




それはおそらく、ワクチンである。
WHOは、伝染病予防と言って、アフリカ諸国に凄まじい量のワクチンを摂取させたが、その中にエイズウィルスが紛れ込んでいたわけだ。


なので、アフリカでは、凄まじい数のエイズ患者が誕生することになった。










はい。

B型肝炎ワクチンに、
ネコの白血病の研究ですか、そーですか。

ラムズフェルドの経歴に戻りまして、タミフルなギリアド・サイエンシズ。


ギリアド・サイエンシズ社
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%BA
ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)は、バイオ製薬会社であり、治療薬の発見、開発と商品化を行っている。1987年の創業以来、HIV、B型肝炎、インフルエンザといった感染症治療のための抗ウイルス剤開発を、事業の中心としている。本拠地は、アメリカ合衆国、カリフォルニア州のフォスターシティ。




抗HIV薬の特許を持つギリアド。
この役員の中には、ベクテル的なジョージ・シュルツも。
ラムズフェルドは、タミフルな株の売りで大儲けしましたが、シュルツも。


あ、ラムズフェルドは、ドイツ系でしたっけ?


コンテンポラリーサンの記事に戻ります。





○薬害エイズ 731部隊 マレー・サンダース
http://ccplus.exblog.jp/13260757/
さて、 1997年1月19日に放送されたNHKスペシャル
汚染血液は海を渡った〜1万5千ページが語る薬害エイズ〜
という番組があったらしい。

こちらに、詳しく載っているので、断片だけ抜粋してみます。
おどろくべき事が分ってきます。
http://www.t3.rim.or.jp/~aids/nhk970119.html


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


まず、『ミドリ十字』の前身は、日本ブラッドバンクであり、この設立者は、内藤良一軍医中佐、つまり、関東軍防疫給水部731部隊の幹部であった内藤良一である。



内藤良一は、ドイツのコッホ研究所で細菌学を学び、米ペンシルバニア大学では血液成分である血漿や血清の凍結乾燥技術(フリーズドライ)を会得した

戦後マッカーサーの命令で、米軍事科学調査団「コンプトン調査団」の一員マレー・サンダースがGHQの庇護の下に731部隊の本格調査をスタート。
サンダースはキャンプ・デトリック(現フォート・デトリック)所属の医学博士。


このサンダースが、内藤を始め、731部隊の役割を調査し、彼らの罪を反故にする代わりに、アメリカに研究を移籍させたわけだ。


そして、マレー・サンダースは、内藤が創設した日本ブラッドバンク(ミドリ十字の前身)の顧問に就任したらしい。

(1950-1987)blood plasma(血漿) corporation 大阪に勤務 とある。
腐蝕の連鎖(広瀬隆)


神戸銀行の出資を得て1950年(昭和25年)に日本最初の血液銀行として株式会社日本ブラッドバンクが設立された。

ビンゴ


日本に薬害エイズの血液製剤を輸入させるために手引きしたのは、マレー・サンダースでしょうね。
でなきゃ、ゼロだった外国製血液製剤があれほど増えたりしないでしょう。


ちなみに、731部隊は、死刑囚を用いて人体実験していた事が知られています。


○薬害エイズ バイエル薬品とナチスを結ぶ線
http://ccplus.exblog.jp/13341656/

ちなみに、薬害エイズの加害企業『ミドリ十字』は、その後、吉富製薬となり田辺三菱製薬になった。

吉富製薬は、バイエル薬品と深いパートナーシップを築いていたことでも知られている。


そして吉富製薬=田辺三菱製薬は、攻撃的な衝動が問題となったSSRI型抗鬱剤『パキシル』を販売していたことで知られている。(2010年7月末で終了 現在はグラクソ・スミスクライン)


もっとちなみに言うと、NHKで抗鬱剤の危険性に関する優れた番組を放送(SSRI,SNRIの危険性についての基本的なことと、躁鬱病系の人がSSRIを服用すると特に危険)した直後、NHKに『赤報隊』を名乗る人物から銃弾が送りつけられたのは記憶に新しい。。
http://ccplus.exblog.jp/9689665


SSRIやSNRI型抗鬱剤は、覚醒剤と同じ構造を持っています。
http://ccplus.exblog.jp/6602786/
http://ccplus.exblog.jp/6602818/
http://ccplus.exblog.jp/6602979


ヘロインやヒロポンと同じ問題が、今、こうした覚醒剤類似薬物から生まれている。そう思うのは、僕だけでは無いはずです。





さて、バイエルは、1925年に出現したドイツの化学産業の複合企業、IG・ファルベンの一員となる。


1925年、バーデン・アニリン・ソーダ (BASF)、フリードリッヒ・バイエル(バイエル)、ヘキスト、アニリンファブリカツィオン(アグファ)、レオポルト・カセラ、カレ、グリースハイム・エレクトロン、ワイラー・テル・メールの8社が合同して、フランクフルト・アム・マインを本社所在地とし、資本金11億ライヒスマルクで発足した。
wikipedia


この、IG・ファルベンは、ナチスドイツを支えた中核企業である。
実際にアドルフ・ヒットラーの選挙運動への最大の資金供給団体だったことが知られています。ヒットラーおよび彼のナチス党に400,000マルクを寄付しているそうです。

というよりも、IG・ファルベンは、ナチスドイツそのものだと言ってよい。


ナチスドイツの軍事的戦略の中核となった企業は、ドイツのIGファルベン社だ。

この巨大企業がどれほどの企業なのか?というと、当時全ドイツで生産されたうちの
合成ゴムの100%
毒ガスの95%
プラスティックの90%
マグネシウムの88%
爆発物の84%
火薬の70%
ハイオク航空機用のガソリンの46%
人造ガソリンの33%
を生産していたとされているのだ。

参考『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか?」菅原出 著


まさに、この企業無しには、ドイツの軍事産業は全く成立しない、国家そのものといってもよいほどの企業なのである。


そして、このIGはロックフェラー系のナショナルシティー銀行(現在のシティーバンク)の融資で作られ、同系列の中核企業であるアメリカ最大の石油会社であるスタンダード石油(ニュージャージー)との合弁企業だったからである。


そして、第二次大戦後、IGファルベンは解体され、英米の占領体制の元で、再びバイエル薬品として生まれ変わるわけです。
で、薬害エイズで再び取りざたされるようになった。



○豚インフルエンザ・ロスアラモス・フォート・デトリック
http://ccplus.exblog.jp/10150044
まあ、いずれにせよ、うさんくさい話を追求していくと、最終的には、このロスアラモスかフォート・デトリックに行き着きますね。
っていうお話でした。







はい。
フォート・デトリックってのは、戦後、731部隊の研究・開発を継続させた施設。







う〜ん、1回の更新じゃ無理だわなw

遺伝子組み換えモンサントも非常に近い存在なので、こんな話↓も合わせていきたいしw



気象の変化は、食物の成長に直結する。

アラブの春(笑)のきっかけは、主食の小麦の高騰。
ロシアの猛暑による山火事が起き、穀倉地帯が壊滅状態に陥った。
そして、小麦の先物取引に投機が集まり、コモデティ市場が暴騰した。
結果、ロシアから小麦を輸入していたチュニジアでアラブの春が。


○核による気象影響 と アルジェリアテロの背景 モサドの二枚舌
http://desuperado.seesaa.net/article/354449612.html




まぁ、気持ちだけ前のめりな更新ですYO

ラムズの経歴の一つ 「スタンフォード大学フーバー研究所理事」 ってのがあるんだが、
ココがいろいろポイントになりそうな気だけしてるw
ココには、シュルツもいる。


フーヴァー戦争・革命・平和研究所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%83%BB%E9%9D%A9%E5%91%BD%E3%83%BB%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


まぁ、いかにもってな名前ですが。

ここ、スタンフォードと生物兵器を結ぶとゆんゆんな話が大量に出てくるので、時間かけて見たいと思ってます。

白血病、エイズ、ワクチン、ファイザー。
ナチスIGファルベン、大日本731部隊の流れた先。
3.11により、列島に住む人達の被ばく症状。
マイコプラズマなんて、放射能が無ければ 耳にしなかったよね。
を繋ぐと、、フォートデトリックですな。。ゆんゆん系w

エイズやらは、もう少し見方を変えて、根本を探ってみよう。。






キタチョーミサイル問題うるせーですな。
まぁ、おかげ様で地震がめっきりなくなりますたが。



●樋口新一【職業:Truthseeker】 2013/4/11
○北朝鮮国内は、戦争モードから農作業モードに どんどん移行しています。
http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201304/article_10.html


●velvetmorning blog
○治安維持法=インフルエンザ特措法を前倒しで実施か? ― 2013/04/10

http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/04/10/6773826




PAC3(ロッキード・マーチン)とSM3(レイセオン)がニホンで配備中ですが。ついでに、SM3の後続は、三菱重機と共同開発中。

ラムズフェルドの経歴の一つ ガルフストリーム・エアロスペース は、元々ノースロップ・グラマンの子会社。
ガルフストリーム・エアロスペースの親会社 ジェネラル・ダイミクス は、原潜を作ったりしてますた。
そして、アメリカ国土安全保障省が行う非公開で行うソーシャルメディアの監視プログラムの運用を。

んで、ジェネラル・ダイミクスの航空系は、ロッキードマーチンに売却。
んで、イスラエルのギャラクシー・エアロスペースを買収したり。


まぁ、あっちいったりこっちいったりで、追うのしんどいので止めましたがw
軍産の中で、仲良くインサイダーですからね。


●日本を守るのに右も左もない
○軍産インナー・サークル

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2007/12/000573.html





>ウエスチングハウスは、軍事部門を96年にノースロップ・グラマンに売却し、
商業用原子力部門を98年に英国核燃料会社(BNFL)に、
英国核燃料会社は、スイスのアセア・ブラウン・ボベリの原子力事業を2000年に買収(WHに吸収)。
そして、18億ドルから54億ドルまで引き上げられ東芝がWHを2006年に買収w(2005年から売りに)


アセア・ブラウン・ボベリ(核) と ロシェ(タミフル)

WH と スイス

スイスのアセア・ブラウン・ボベリは、韓国の加圧水型原子炉(標準な原子炉)を設計。
韓国の原子炉輸出の時には、アセア・ブラウン・ボベリの技術がWHに原子炉事業が移っていたので、止められた。
キタチョーの電力整備とか、まぁ、原子炉の話もココ(ABB)が出てたはず。


ラムズフェルドがCEOを務めた(77〜85年)GDサール(アスパムテールと避妊薬)は、85年にモンサントへ。
フリメ(イルミ)なウプサラ大学と仲良しなファルマシアは、2000年にそれらと合併し、農薬部門だけモンサントへ移行した。
その後、GDサールとファルマシア(製薬部門だろな)は、ファイザーへ。
ファルマシアのバイオテクノロジー部門は、英国のアマシャム・ライフサイエンスと合併しながらGEヘルスケアへ。

(生物兵器には、自然系と人工系で分かれ、核でもう一回分かれると思ってたりするんですが。。)

歴史からいくとスウェーデンからなんですが、
スイスのアセア・ブラウン・ボベリも、スウェーデンのアセア社との合併から。
で、このアセア社のロゴがナチスの卍マークでした。1800くらい〜1933年のナチス政権誕生まで。



流れで切れなかったのでw
何となくなイメージをw

キタチョー問題は、軍産インナーサークルの賜物なんですが、
誰が言いだしっぺかゆーと、PAC3配備で出てくる ラムズフェルドが理事長を務めたランドコーポレーション(軍事シンクタンク)なんですが。
ここは、インターネットが有名で、衛星やらICやら、まぁ、核ですわね。
イイダシッペなだけあって、ロッキード・マーチンと関係が深いとか。


ランド研究所
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

沿革
1946年にアメリカ陸軍航空軍が、軍の戦略立案と研究を目的とした ランド計画Project RANDとして設立したのが始まりである。設立当初はダグラス・エアクラフトとの契約に基づくもので、1946年5月に「実験周回宇宙船の予備設計」(Preliminary Design of an Experimental World-Circling Spaceship, Spaceship(宇宙船)となっているが、人工衛星の基礎研究である)をリリースした。1948年5月、Project RAND は ダグラス社から分離され、独立NPOとなった。その後、軍事関連の戦略研究から民生分野の公共政策・経済予測や分析、様々なコンサルティングへと分野を拡げたものの、2004年の年報にある様に「ランド研究所の研究の半分に国家安全保障問題が関係している」など未だ軍事戦略の研究機関としての性格を色濃く残している。

業績と専門分野
業績はシステム分析の開発から生じている。重要な寄与としては、米国の宇宙開発、情報処理、人工知能などがある。ランドの研究者はインターネットを構築するのに使われている様々な原則も開発している。多くの解析手法がランドで発明されている。例えば、動的計画法、ゲーム理論、デルファイ法、線形計画法、システム分析、exploratory modeling などである。ランド研究所はウォーゲームを分析手段として開発し使用したことでも知られている。

教育関連も含めたランド研究所の現在の専門分野は次のようになっている。小児政策、民事裁判、刑事裁判、教育、環境とエネルギー、健康、国際政策、労働市場、国家安全保障、人口と地域研究、科学技術、社会福祉、テロリズム、交通。

ランド研究所は健康保険に関する最も重要で大規模な研究のひとつを行った。アメリカ保健教育福祉省の出資で新たな実験用の健康保険会社を作り、公共医療サービスの需要とそのコストを比較したのである。


ランド研究所に関わる有名人ヘンリー・アーノルド - アメリカ空軍大将、ランド設立者
ドナルド・ウィリス・ダグラス - ダグラス・エアクラフト社長、ランド設立者
アーサー・E・レイモンド - ダグラス・エアクラフト主任技術者、ランド設立者
フランクリン・R・コルボーン - ダグラス・エアクラフト航空技術者、ランド設立者にして元責任者/理事
ケネス・アロー - ノーベル経済学賞受賞者、社会選択理論におけるアローの不可能性定理を開発
ポール・バラン - パケット通信の開発者の一人
バリー・ベーム - ソフトウェア経済学の専門家、COCOMOの発明者
ジョージ・ダンツィヒ - 数学者、線形計画問題におけるシンプレックス法の考案者
ブルーノ・オーゲンスタイン - 物理学者、数学者、宇宙開発に携わった
ジェームス・ギログリー, 暗号研究者、情報工学者
セシル・ハスティングス - プログラマー、ソフトウェア工学の古典『Approximations for Digital Computers』(1955年)を書いた
アレン・ニューウェル
ハーバート・サイモン - ノーベル賞経済学賞受賞者
ポール・オニール - 1990年代終盤の会長、元財務長官。
ダニエル・エルズバーグ - 国防政策研究家、ペンタゴン・ペーパーズをリークした人物
ジョン・フォン・ノイマン - 数学者、ゲーム理論の創設者
ジョン・ナッシュ - ノーベル賞経済学賞受賞者(ナッシュの定理)、数学者
アルバート・ウォルステッター - 核戦略理論家、フェイルセーフ概念の提唱者
ハーマン・カーン - 核戦争理論家、Scenario Planning の創設者の一人
ルイス・リビー - ディック・チェイニー副大統領の前の主任スタッフ
Katsuaki L. Terasawa - ニューヨーク州立大学オルバニー校の経済学者
ドナルド・ラムズフェルド - 1981〜1986年、ランド研究所の会長を務めた。元アメリカ合衆国国防長官
コンドリーザ・ライス - 1991〜1997年、理事を務めた。元アメリカ合衆国国務長官。
フランシス・フクヤマ - 学者、『歴史の終わり』の著者
トーマス・シェリング - ノーベル経済学賞受賞者
ザルメイ・ハリルザド - アメリカ合衆国駐イラク大使
マーガレット・ミード - 文化人類学者
田村耕太郎 - 日本の政治家。研究員を歴任
ピーター・シュワルツ -グローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)社設立者
ジェームズ・トムソン - 1989年以来、ランド研究所所長(CEO)
マイケル・D・リッチ - 1993年以来、ランド研究所副所長(Executive Vice President)
フランク・カールッチ - 理事、カーライル・グループの会長、元国家安全保障担当大統領補佐官、元国防長官。
ハロルド・ブラウン - 理事、博士、元国防長官。
ウォルター・モンデール - 元理事、元副大統領。
カール・ビルト - 理事、元スウェーデン首相
Robert F. Salter - 真空列車や磁気浮上式鉄道の概念の提唱者
サミュエル・コーエン - 中性子爆弾の発明者(1958年)
Harold L. Brode - 物理学者、核兵器専門家




はい。

どれもこれもといった関係者達で、勿論wikiで出るのは、一部だけでしょうが。
特に気になったのは、中性子爆弾とスウェーデンかな。


で、先ほどもキニナルと出したラムズフェルドの経歴の一つ


フーヴァー戦争・革命・平和研究所

フーヴァーは、第二次世界大戦の火付け、世界大恐慌時の米国大統領ですYO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC




能力、評価
大恐慌のときに有効な手を打てなかったので、歴代大統領としての評価は低い。だが、自身が大統領になる前ウィルソン、ハーディング、クーリッジの下で閣僚として働き、第二次世界大戦後はトルーマン、アイゼンハワーの下で働いた。また1962年のキューバ危機では、当時生存していた3元大統領の1人としてケネディ大統領の状況説明会に参加している。ルーズベルト政権には参加こそしなかったが、ルーズベルトもフーヴァーが大統領になる前、「彼の下なら喜んで働きたい」と発言したほどである。こうして見ると、歴代大統領はそろってフーヴァーを高く評価していたことがわかる。彼は技師、経営者として非常に優秀であった。もし大統領時代に大恐慌に直面していなかったら(あるいは有効な手を打てていたら)、歴代大統領として高い評価を得ていた可能性も皆無ではない。




はい。

まぁ、核核してて、ニューディールに反対だったみたいな。
最近死んだどっかの首相あたりが頭の中に浮かぶなぁとか思ってたら、↓で出てきた。


フーヴァー戦争・革命・平和研究所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%83%BB%E9%9D%A9%E5%91%BD%E3%83%BB%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

関係者だけ出してみる。


関係者
下記の一覧は、フーヴァー研究所の現職と嘗ての代表や著名な研究者の一覧である。

[編集] 代表
エプレイム・D.アダムス 1920年–1925年
ラルフ・H.ルツ 1925年–1944年
ハロルド・H.フィッシャー 1944年–1952年
C.イーストン・ロスウェル 1952年–1959年[6]
W.グレン・キャンベル 1960年–1989年[7]
ジョン・レイジアン 1989年–現在
[編集] 名誉研究員[8]
マーガレット・サッチャー:イギリスの元首相
[編集] 高等研究員[9]
ジョージ・シュルツ:アメリカ合衆国元国務長官
[編集] 上級研究員[10]
フアド・アジャミ:政治学者、ジョンズ・ホプキンス大学中東学科主任教授
リチャード・V.アレン:元国家安全保障問題担当大統領補佐官
マーティン・アンダーソン:元リチャード・ニクソン政権補佐官でThe Federal Bulldozer著者
ゲーリー・ベッカー:1992年ノーベル賞経済学賞受賞者
マイケル・ボスキン:ジョージ・H・W・ブッシュ大統領経済諮問委員会議長
ブルース・ブエノ・デ・メスキータ:政治学者、ニューヨーク大学教授
ラリー・ダイアモンド:政治学者、スタンフォード大学教授
ジェラルド・A・ドーフマン:スタンフォード大学政治学科教授
ニーアル・ファーガソン:歴史学者、ハーヴァード大学教授
モリス・P.フィオリナ:政治学者
ミルトン・フリードマン:1976年ノーベル賞経済学賞受賞者
ティモシー・ガートン・アッシュ:歴史学者、ガーディアンコラムニスト
ヴィクター・デイヴィス・ハンソン:古典学者、軍事史学者、コラムニスト
エリック・ハヌシェック:経済学者
キャロライン・ホクスビー:経済学者
ケン・ジョウィット:歴史学者
ケネス・ジャド:経済学者
シーモア・M・リプセット:政治社会学者
ダグラス・ノース:1993年ノーベル賞経済学賞受賞者
ウィリアム・J・ペリー:元アメリカ合衆国国防長官
コンドリーザ・ライス:元アメリカ合衆国国務長官
アブラハム・デイヴィッド・ソファー:学者、アメリカ合衆国国務長官法務補佐官
トーマス・ソウェル:経済学者、作家、コラムニスト
リチャード・フェリックス・スター:政治学者、歴史学者
シェルビー・スティール:作家、コラムニスト
ジョン・ブライアン・テイラー:元国際問題担当アメリカ合衆国財務副長官
[編集] 一般研究員[11]
アーノルド・バイヒマン:政治学者、作家
ピーター・ベルコヴィッツ:政治学者
ロバート・コンクエスト:歴史学者
ディネッシュ・ドスーザ:作家
メアリー・エバーシュタット:作家
ティボア・R.メイチャン:哲学者
アッバース・ミラニ:政治学者
ヘンリー・I.ミラー:内科医
ラッセル・ロバーツ:経済学者、作家
コリ・シェイク:外交政策の専門家、作家
ピーター・シュヴァイツァー:作家
アンソニー・C.サットン:作家
片岡鉄哉:政治学者
[編集] 高等客員研究員[12]
ジョン・アビザイド:アメリカ中央軍元司令官
スペンサー・アブラハム:元アメリカ合衆国上院議員・アメリカ合衆国エネルギー長官
エドウィン・ミース:元アメリカ合衆国司法長官
ダイアン・ラヴィッチ:元アメリカ合衆国教育副長官
ドナルド・ラムズフェルド:元アメリカ合衆国国防長官
アレハンドロ・トレド:ペルー元大統領
[編集] メディア研究員[13]
トム・ベセル:記者
サム・ディーリー:記者、ワシントン・タイムズ編集長
クリストファー・ヒチンズ:記者[14]
デロイ・マードック:記者




この研究所は、スタンフォード大学に。
ん?
日本ユニセフのアグネスもスタンフォード大学なんだ。



スタンフォード大学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E5%A4%A7%E5%AD%A6






はいw
非常に読みにくいメモ更新でしたw
スンマセンw







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