2013年03月25日

アポロ計画 ICBM インターネット スプートニク・プロレス

ドジンが支配するキチガイ島ジャポンでは、放射能汚染真っ只中ですが。
核の爆発拡散をシラヌゾンゼで原発推進の経産省。
汚染された食べ物の流通を間違った放射能の理解を促進させる文科省。
広域ガレキ処理にて、被害の拡大とそれらの目逸らしを謀る環境省。
その現場では、モジモジ先生や転び公妨などで分かるが冤罪を弾圧を生む公安部隊が発狂している。
現在、石原ノビテルが長ですね。
石原を覗いていけば、CSISやヘリテージ財団メロン財閥(軍産複合体)が見えてきます。
そこを追っかけていけば、オウムに繋がりますね。
情報工作、キチガイ保険金テロを行う快楽殺人者集団がソコにいます。
とゆーか、ジャポンでタクトを振るうのが、CSISと環境省と公安の間にいるんでしょうね。
内閣官房って、ナンだっけ?





○産業技術総合研究所と理化学研究所 経産省と文科省と加速器
http://desuperado.seesaa.net/article/350134424.html

核から始まる加速器。
動きを見せた時期。

2003年に文科省傘下に入り、大日本帝国陸軍と関係の深い理研の施設、KEK(高エネルギー物理学研究所)の発足が1971年。

2001年に経産省から分離し地質から始まり、メタンハイドレード(地震)な産総研。
こちらもよく似た時期(1970年)に、動いている。
電気試験所を電子技術総合研究所と変え、つくば研究都市に大引越しをしている。

KEKと日本原子力研究開発機構との共同プロジェクトである「J-PARC」は、大型陽子加速器施設。
核開発、核燃料サイクル施設で、いいです。

そのKEKは、ニホンで初のWebサーバーを公開し、ネットの創成期と関わりが深い。
産総研の前身の一部の電子技術総合研究所は、ニホン初のトランジスタコンピューターを。
情報処理技術、ニホンでのPCの始まり。

加速器は、三菱のオンパレード。
1970年辺りの日本防衛装備工業会の会長は、三菱と東芝。




自由貿易(米金融屋のいいなり)の通産省から日本石油に天下った 今井 善衛。
1965年に日本石油化学に天下りし、1970年に古河化学を吸収合併。
この1965年〜1970年だと、日本の石油化学企業群は、劣化ウランの輸入と使用を行っていた時ですね。ブタンガスが何とかと言って。。
で、1971年に為替変動性に移行する(金とドルの交換の停止)。
そして、石油の決算をドル建てに変えた。
ニクソンショック。
そして、2年後の第四次中東戦争、オイルショック。

1971年に銀行屋の銀行屋による銀行屋の為の銀行救済法である預金保険法が制定している。



ニホンの宗教ウヨクは、為替変動性への以降をあらかじめ知っている動きですね。
(ダボス会議なんて形だけ)

預金保険法なんて、そのまんまだし、劣化ウランの輸入は、新しいエネルギー資源という名目(オイルショックが分かっていたからこその石油化学)で購入している動きです。

そして、核燃料サイクル(燃えないウランとプルトムニム、MOX)も始まっている。
(ふげんは、重水を使い、過程でトリチウムが出来る。水爆燃料サイクル構想ですね。)
隠れ核武装が蠢いてるのが分かります。

それにゴミ利権である環境庁、産業廃棄物ですね。
核の捨て場と核のサイクルの確保。



資源派(国際派)の今井善衛は、通産省の事務次官に登り詰め、日本石油に天下りをしていたその時に、
今井の弟は、自衛隊で第1護衛隊群の司令〜第1潜水隊群の司令になっています。
じゃ、人工地震を起こしてるって船長が言ってたwちきゅう号へw
ちきゅう号を持つ、JAMSTEC(独立行政法人 海洋開発研究機構)の
始まりも1970年。


まぁ、この時代は、地下核実験って奴がメインになってくるなっていた時代です。


核実験の激しい1958年、静かな1959年、最も多い1962年。
地下核実験メインは、ここいらで切り替わってますね。
そして、1970年を境目にして、少し核実験の数が減ります。




はい。

付け足ししていきます。





理研(2003年に文科省) 研究室の紹介
http://www.riken.go.jp/r-world/research/lab/index.html

で、見てみると分かる通り、ゲノム、医療系がメインですね。
理研は、旧ニホン陸軍と関係が深かった。
つまり、731部隊との繋がりを容易に想像させる。
そして、役員を見ると学者系。


産総研(2001年に経産省から分離)
http://www.aist.go.jp/aist_j/field/1lifescience.html

地質から始まり、ニホンIT化の基礎にあたります。
役員を見ると、理研とはうって変わって、企業人。
そして、そのニホン多国籍企業は、日本防衛装備工業会なるもので繋がる。
ニホン軍産複合体ですね。


単純なイメージでは、理研と産総研の間に研究からの商品開発流通の流れがあるように見えます。
全部では、ないですけどね。


2004年からの理研の不祥事が気になりますね。

理研は、、、戦後、融資系列が旧日本勧業銀行・旧日本興業銀行(現みずほ銀行・みずほコーポレート銀行)など、かつての特殊銀行の流れを汲む銀行となっている企業が多い。

気になる1970年辺りでは・・・

ニクソンショック、環境庁発足、預金保険法の制定された1971年。
10月1日 - 第一銀行と日本勧業銀行が合併し、第一勧業銀行発足(みずほ銀行の直接の前身)。



芙蓉グループ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%99%E8%93%89%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
芙蓉グループ(ふようグループ)とは、旧安田財閥が戦後財閥解体により再編しできた企業グループである。1964年結成の芙蓉懇談会を本体とする。

ーーーーーーーーーーーーーー

一番の転機は、富士銀行が2000年9月に第一勧業銀行、日本興業銀行とともに設立した持株会社みずほホールディングス(現・みずほフィナンシャルグループ)のもとで経営統合、みずほフィナンシャルグループが誕生し、それにともない芙蓉グループの幹事社的役割を果たしていた富士銀行が、その役割を丸紅、安田生命、安田火災の各社に譲り芙蓉グループ内の一加盟社としての立場になったことにある。
安田生命も2004年1月に三菱グループの明治生命保険と合併し明治安田生命保険となり、現在は三菱系色も併せ持つ生命保険会社となり、安田火災も日産火災と合併し損害保険ジャパンとなり芙蓉グループの一員、みずほFGと親密という立場を持ちつつも、独自色を強めている。




三菱色が強くなりましたねw



で、日本振興銀行といえば、りそな問題。
植草先生お願いします。


●植草一秀の『知られざる真実』

○日本振興銀行をめぐる黒い霧
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-c739.html

○木村剛氏逮捕「日本振興銀行の黒い霧」続編
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-31a0.html

○木村剛氏逮捕「日本振興銀行の黒い霧」B

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-b8c3.html



木村剛が捕まったときには、金賢姫が来日してましたね。


●velvetmorning blog
○児童ポルノ法と東京ホロコーストと311 そして不正選挙を結ぶ線

http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/03/10/





はい。
velvetサンの記事で、今回もぅ締めてもいいような気がしてきましたがw


ええと、前回の終わりで出したICBMとアポロ計画。



●contemporary navigation
○月着陸と気象操作と枯れ葉剤の関係。アームストロング、オペレーション・ポパイ、ランチハンド作戦
http://ccplus.exblog.jp/15673658/



その昔、アメリカ航空宇宙局NASAは、月着陸という宇宙規模の壮大なインチキショーを行いました。

月着陸すると見せかけて、ハリウッドにセットを組み、月着陸の瞬間を映像で作って流したのです。

そんなわけで、人類初の月着陸成功者は、『アームストロング』(腕っ節が強い)という洒落が仕込まれたのです。

NASAは、月着陸ショーの資金で、気象兵器を開発し、それをヴェトナムの雨期を長引かせて洪水を起こす『オペレーション・ポパイ』という作戦を実行しました。

頻発する大地震と気象改変技術の関係とは?も参考に


なぜ、オペレーション・ポパイという名前を付けたのか?
鋭いあなたなら、もう分りましたね??

ポパイ=『アームストロング』(腕っ節が強い)という駄洒落だったわけです。


人々は、その作戦にまんまと騙され、米軍がヴェトナムやラオスで無茶苦茶なことをして、米軍兵ですら見殺しにする作戦を展開していたことから目をそらし、ヴェトナムの反戦運動をたくみに誤摩化したのです。


以下引用


ラオスは、世界で一番多くの爆弾が落とされた国として知られている。
もちろん、爆弾落としたのは、アメリカ。

ラオスには、50万回以上のアメリカによる空爆と、200万トンを越える爆弾と、2億8000万個以上の対人用のクラスター爆弾が撒かれたと言われている。

。。。ってどれだけだよ??

これは、第二次世界大戦における全ての爆弾の総量を上回る量なんだそうだ。


ところが、驚くべきことに、ラオスとアメリカは戦争をしていない事になっているのである。
ラオスは中立地帯だったのだ。

なぜ、アメリカは、戦争をしていない中立地帯の国に、第二次世界大戦を上回る爆弾を落としたのだろうか?


これは、ヴェトナム軍の補給路を断つための爆撃だったんだそうだ。
ほんとか??


えー、戦争している国との補給路を断つために、ジュネーブ条約で認められた中立地帯に、50万回以上の空爆と、200万トンを越える爆弾と、2億8000万個以上の対人用のクラスター爆弾を撒く国って一体全体どういう国なんだ??


というわけで、アメリカは、ラオスとは戦争していない事になっているので、ラオスには、アメリカによる補償は何もないのだそうだ。

それって一体。。

そんなわけで、誰かさん達にとっては、非常に都合が悪いために、その舎弟国家である我々の国でも、ラオスっていう国を見て見ないふりをしているのである。






生物化学兵器とういうものがある。
私達は、やれ北朝鮮が怖いとか、イラクがどうとかイランがどうとかいう言説に慣れてしまっているが、世界で最も多くの生物化学兵器を使ったのは、間違いなくアメリカである。


アメリカ軍が最も多く実戦で使用した生物化学兵器、それは『枯れ葉剤』である。

以下引用

枯葉剤(かれはざい)は除草剤の一種で、うちベトナム戦争で散布されたものはダイオキシン類の一種2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を高い濃度で含んでいる。


ベトナム戦争中に米軍と南ベトナム軍によって撒かれた枯葉剤は軍の委託によりダイヤモンドシャムロック、ダウ、ハーキュリーズ、モンサント社などにより製造され、オレンジ剤(Agent Orange)、ホワイト剤、ブルー剤など数種類があった。ベトナムで使用された枯葉剤のうち主要なものは、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)と2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)の混合剤であり、ジベンゾ-パラ-ダイオキシン類が含まれ、副産物として一般の2,4,5-T剤よりさらに多い2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)を生成する。このTCDDは非常に毒性が強く、マウスでの実験で催奇形性が確認されている。

wikipedia


ランチハンド作戦(英:Operation Ranch Hand)とはベトナム戦争中の1962から1971年にかけて行われたアメリカ軍の軍事作戦である。ベトコンが潜む森林を失わせ、同時に食料を奪う目的でベトナム共和国の農村部一帯に推定1,200万ガロンもの枯葉剤を散布した。この作戦にはジュネーヴ条約違反であるとの非難もなされる

以上引用 wikipedia


1,200万ガロン=約4800万リットル
一体全体どれだけの枯れ葉剤を撒いたのか、数字が大き過ぎてピンとこない。しかし、莫大な量ということだけは分る。

これだけの生物化学兵器を撒いたのである。

この枯れ葉剤が、インドシナの豊かな土地をメチャクチャにし、奇形児を沢山生んだのだ。


作っていたのは、ダウケミカルやモンサント社



モンサント社 (Monsanto Company,NYSE:MON) は、アメリカのミズーリ州セントルイスに本社を持つ多国籍バイオ化学メーカー。2005年の売上高は62億ドル、2008年の売上高は110億ドル。遺伝子組み換え植物の種の世界シェアは90%。また自社製の除草剤ラウンドアップに耐性をもつ遺伝子組み換え作物をセットで開発、販売している。バイオ化学メーカーとして世界屈指の規模と成長性を誇る。ビジネスウィーク誌が選ぶ2008年の世界で最も影響力があった10社にモンサント社が選ばれた。



同社を有名にした商品の一つはPCBであり、アロクロール(Aroclor)の商品名で独占的に製造販売した。日本では三菱化成との合弁子会社三菱モンサント化成がPCB製造メーカーの一つであった。また、農薬のメーカーとしても著名で、ベトナム戦争で使われた枯葉剤の製造メーカーでもある。この枯葉剤には不純物としてダイオキシン類が含まれており、後に問題となった。
除草剤ラウンドアップを開発し、近年ではラウンドアップに耐性をもつ様々な遺伝子組み換え作物(ラウンドアップ・レディー: Roundup Ready)を分子育種して、セットで販売している。なお、ラウンドアップの有効成分(glyphosate)自体の特許は既に有効期限が切れている。その他、雄性不稔や病害虫抵抗性やストレス抵抗性や成分改変の様々な組換え品種も開発している。モンサント社の遺伝子組換え作物の強引なシェア確保商法に対して欧州を中心に問題となっている。そのため、農業分野における米国の世界支配を支える企業という批判の的となることがある。


wikipedia

モンサントといえば、いろいろ勉強している人にとっては、最も悪名高き企業ですね。
全世界の遺伝子組み換え種子の90%を作っている会社だ。
モンサントの農薬と遺伝子組み換え品種をセットで買わせるために、世界中であれこれしているわけです。
モンサントの品種からは、種が取れない。
だから、農民は、常にモンサントから種と農薬を買い続けなければならないのだ。

ちなみに現在は、アフガニスタンで麻薬撲滅のためと称して新たな生物化学兵器=除草剤ラウンドアップを撒いているそうだ。
これでモンサント以外の種で栽培出来なくなる。

もちろん、アフガニスタンの麻薬を取り仕切っているのはC○Aなのは言うまでもない。何しろ、米軍がアフガン侵攻してから、タリバンが禁じていたケシの栽培が復活してしまったのだから。


さて、三菱化成である。


前回のエントリーB型肝炎の救済のために増税??薬害肝炎と薬害エイズ、その暗闇で出てきた三菱化成は、ここに繋がった。


三菱化学エムケーブイ株式会社(みつびしかがく-、Mitsubishi Chemical MKV Company)は、かつて存在した日本の化学会社である。
1952年(昭和27年)に設立されたモンサント化成工業に源を発し、三菱化成工業(現・三菱化学)の関連会社として、塩化ビニル関連事業(ポリ塩化ビニル・可塑剤・コンパウンド・フィルム)、スチレン関連事業(ポリスチレン・AS樹脂・ABS樹脂)などを手がける。 幾度かの分離再編を経て、2008年に三菱化学グループ再編に伴い、三菱樹脂へ統合された。

wikipedia


731部隊直系のミドリ十字を内部に組み込んだ三菱ケミカルホールディングスの前身である三菱化成は、ヴェトナム戦争における枯れ葉剤作戦の主役、モンサント社と組んでいたのである。



ちなみに、三菱モンサント化成は、四日市ぜんそくの加害企業です。


さて、4800万リットルの枯れ葉剤を売ると、どれくらい儲かるのだろうか?

って、それだけじゃなく、もっと色々なところに利権が出て来る。そのための枯れ葉剤だったんだろう。


日本初のエイズ患者が誕生し、C型肝炎が大量発生し、帝銀事件の平沢貞通死刑囚や、731部隊を米軍に引き込んだマレー・サンダースが息を引き取り、国鉄が解体し、カネミ油症事件や水俣病の判決が行われる最中、
そんな三菱化成の社長が経団連の会長になって、先物取引きを導入し、湾岸戦争の時に行政改革したのか。なるほどねえ。
誰のためで何のための行政改革なんだろうね。

以上 引用終わり
モンサント 三菱化成 枯れ葉剤という生物化学兵器



ちなみに、ランチハンド作戦(英:Operation Ranch Hand)というのは、Ranchというのが、アメリカやカナダの大牧場や大農園を指すので、アメリカ大農園の手先作戦とでも訳すことが出来るものですね。


この手先と、オペレーションポパイとアームストロングが一体の作戦だったということです。

で、現在、日本の国土が放射能まみれになっているのは、一体誰のせいなんだろうね?ってことです。

ちなみに、ヴェトナム戦争当時の三菱化成の顧問が、『下山事件』の犯人だとされる、インドネシア産業の八雲さん(仮名)by柴田哲孝 なんですね。




現在の経団連の会長は、住友化学の会長でしたよね。。で、副会長は、東京電力の清水社長。
TPP・セシウム除去剤・プルトニウム・拉致問題

はてさて



ちなみに、この作品は、『シャツの腕を切って履いてやる』という作品です。



○イエロールートと台風4号 オスプレイと気象操作ベトナム戦争の関係とは
http://ccplus.exblog.jp/18468067/

○火星探査と気象操作とマネーロンダリングとジャクソンポロック

http://ccplus.exblog.jp/18571459/








はい。
まるまる使わせてもらいますた。

んでまた、締めたくなる衝動を抑えてw
簡単なメモをw



ベトナム戦争のスピンとしてのアポロ上陸と、
衛星と気象兵器とバイオ兵器。


ベトナム戦争は、1960年〜1975年。

核実験の激しい1958年、静かな1959年、最も多い1962年。
地下核実験メインは、ここいらで切り替わってますね。
そして、1970年を境目にして、少し核実験の数が減ります。

アポロ月面着陸(笑)は、1969年の7月20日。


1960年〜1963年に生産されたIC(集積回路)は、ICBM(ミニットマン)とアポロ計画の為にほぼすべて買い取ったとされている。




アポロ誘導コンピュータ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E8%AA%98%E5%B0%8E%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF
アポロ宇宙船の全航行機能を自動制御し、宇宙飛行士が飛行情報を確認/修正するために使われた、リアルタイム組み込みシステムである。

チャールズ・スターク・ドレーパー率いるMIT器械工学研究所が設計を行った。ハードウェア設計責任者はエルドン・C・ホール(英語版)である[1


リアルタイムシステム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
リアルタイムシステム(Real-time System)とは、ジョブの実行が命令された時、その処理を設定された時間通りに動作することに着目した制御工学における概念の一つであり、「リアルタイム処理」とも呼ばれている。




制御工学、リアルタイム処理・・・
なんだか、サイバー菌構想の始まりでもあったような印象を受けます。

アポロ誘導コンピューターは、普通に考えて、ICBMの方に流れたと思うが。。。


http://ccplus.exblog.jp/15673658/
NASAは、月着陸ショーの資金で、気象兵器を開発し、それをヴェトナムの雨期を長引かせて洪水を起こす『オペレーション・ポパイ』という作戦を実行しました。


利権の癒着と引っ張り合い。
気象兵器のシュミレート。



核兵器とインターネットの繋がりは、疑いようもないですが。
アホなアポロ計画を簡単に追います。

アポロ誘導コンピューターを開発したのがMIT(マサチューセッツ工科大学)器械工学研究所


チャールズ・スターク・ドレイパー研究所(MIT器械工学研究所)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジにある非営利研究開発組織である[4]。国家安全保障、宇宙開発、医療、エネルギーといった分野について、最新技術による設計・開発・展開を主に行っている。通称はドレイパー研究所。
1930年代初めごろ、チャールズ・スターク・ドレイパーがMITに器械工学研究所として創設したのが始まりである[5]。1973年、MITから分離され、独立した非営利組織となった[6][3][5]。

特に、慣性航法・誘導システムや制御技術、無停止コンピュータ、アルゴリズムやソフトウェア、デモリングとシミュレーション、MEMS、マルチチップモジュール技術などを得意とする[7


研究分野
陸海空および宇宙における自律システム、分散センサーおよび分散ネットワーク、精密誘導兵器、医用生体工学、化学・生物学的防衛、エネルギーシステムのモデリングと管理、といった分野を主に扱っている。場合によっては、技術の民間への転用のためにパートナーと共同で働くこともある。

以下の7部門に分かれている。

戦略システム部門
宇宙システム部門
戦術システム部門
特別プログラム部門
医療システム部門
空中戦およびISR(インテリジェンス、監視、偵察)部門
エネルギー・ソリューション部門

拠点
米国内に6つの拠点がある。本部はマサチューセッツ州ケンブリッジにある。他に、テキサス州ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センター内の拠点、タンパの南フロリダ大学にあるドレイパー・バイオエンジニアリング・センター、フロリダ州セントピーターズバーグのマルチチップモジュール研究施設、ワシントンD.C.の拠点、アラバマ州ハンツビルの拠点がある。



その歴史上、一貫して誘導・航法・制御 (GN&C) 技術の開発や実用化を行い、アメリカ政府やアメリカ航空宇宙局 (NASA) の要求に応えてきた。海中から発射される弾道ミサイルのための最も正確で信頼性の高い誘導システムの設計・開発、アポロ計画のための高精度・高信頼なGN&Cシステムの設計・開発なども行ってきた。ドレイパー研究所は、民間または軍用の航空機、潜水艦、ミサイル、宇宙機、無人機などの精密なGN&Cに欠かせない慣性センサ、ソフトウェア、高信頼システムの開発に貢献してきた。



NASAのミサイル系のシステム構築の核みたいですね。

よく似た時期にマサチューセッツ工科大学内で動いてた研究所。





MIT人工知能研究所
http://ja.wikipedia.org/wiki/MIT%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
MIT人工知能研究所(MIT Artificial Intelligence Laboratory)は、マサチューセッツ工科大学(MIT)にかつて存在した学際的研究機関であり、人工知能(AI)とロボット工学の分野で世界的な貢献をしたことで知られる。MITでの人工知能研究は1959年に始まった。1963年、AIグループは新たに結成されたProject MACに編入され、1970年にそこから分離して人工知能研究所を設立。2003年、同研究所(通称、AI Lab)は Project MAC の流れを受け継いだMITコンピュータ科学研究所と合併し、CSAILとなった。

創設者には、マービン・ミンスキー、ジョン・マッカーシー(LISP言語発明者)などがいた。1950年代から1970年代にかけて、彼らは自らが開発したタイムシェアリング方式のオペレーティングシステム ITS を載せたコンピュータ(当初はPDP-6、後にPDP-10)を共有して使っていた。


Project MAC
http://ja.wikipedia.org/wiki/MIT%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

マサチューセッツ工科大学で行われたプロジェクトであり、オペレーティングシステム、人工知能、計算理論などの先駆的研究成果が生み出された研究機関である。後にMITコンピュータ科学研究所(MIT Laboratory for Computer Science、LCS)となった。同時代に同様な研究を行った組織としては、カリフォルニア大学バークレー校のProject Genie、スタンフォード人工知能研究所、(少し後になるが)南カリフォルニア大学の情報科学研究所がある。

Project MAC は1963年7月1日、ARPAからの200万ドルの補助金によって開始された。初期の責任者はMIT電子工学研究所(RLE)のロバート・ファーノ。ARPAからの補助金に関する責任者は、かつてMIT電子工学研究所で研究していたJ・C・R・リックライダーであり、彼はファーノの後任として Project MAC の責任者となった。Project MAC の資金は主に ARPA(後にDARPA)と米国科学財団(ヴァネヴァー・ブッシュが第二次大戦中に設立したアメリカ科学基金が母体)が出している。

ーーーーーーーーーーー

Project MAC に従事した人々の中には、後にコンピュータ業界に大きな足跡を残した人がいる。ロバート・メトカーフはパロアルト研究所に移ってからイーサネットを発明し、後に3COM社を設立した。また、世界初の表計算ソフトであるVisiCalcを書いたボブ・フランクストンは、VisiCalcの初期のプロトタイプ作成のために Multics を使用したという。



ヴァニーヴァー・ブッシュ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%8D%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
ヴァニーヴァー・ブッシュ(英: Vannevar/væˈniːvɑr/ Bush、1890年3月11日 - 1974年6月30日)は、アメリカの技術者・科学技術管理者。アナログコンピュータの研究者、情報検索システム構想「メメックス」(memex) 提唱者、MIT副学長、また原子爆弾計画の推進者として知られる。

1917年、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学から工学博士号を授与される。
第一次世界大戦中、米国学術研究会議で働き、潜水艦を発見するための技術を開発


戦時中
1939年、ワシントン・カーネギー研究機構の総長職となった。この研究所は権威が高く評価されていて研究資金も潤沢であった。ブッシュはアメリカ国内の研究の方向性を左右する力を得て、軍事的な方向に舵を取るとともに非公式な政府の科学顧問としても助言をする立場となった。また、アメリカ航空諮問委員会の議長も務め、政治的役割を鮮明にした。
1940年、アメリカ国防研究委員会(NDRC)の議長となる。ブッシュはNDRC設立を強力に推し進めた。というのも第一次世界大戦の際に科学者と軍の協力関係がうまく機能していないことを見てきたからであった。ブッシュは1940年6月12日に大統領と会談し、部局の新設についての文書を得た。ルーズベルトはそれを10分で許可したという。政府はブッシュが権力を握って政府を無視して事を進めるのを苦々しく思っていた。ブッシュは後に「その通りだった」と認めている。この軍と科学の協力関係によって第二次世界大戦に勝利したと言っても過言ではない。レーダー科学者アルフレッド・ルーミスは「1940年の夏に、あの男たちが死んでいたら、その後は大変な惨状が待っていただろう。その第一は大統領であり、二番目か三番目にDr.ブッシュが挙げられる」と言った。
1941年、NDRCはブッシュが局長を務める科学研究開発局の一部となり、同局はマンハッタン計画を含む戦時中の科学研究の調整・制御役を演じた。

戦後
1950年、ブッシュは戦時中に培われた軍産学の協力関係を維持するために米国科学財団(NSF)を設立し、軍需企業のレイセオン社の設立にも関与した。




ヴァニーヴァー・ブッシュ マンハッタン計画とレイセオン社と米国科学財団(NSF)の設立に深く関与。

アメリカ国立科学財団
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%B2%A1%E5%9B%A3

基幹研究 
生命科学  情報科学・情報工学  工学  地学  数学及び物理学  社会科学・行動科学・経済学  教育・人的資源

他の政府機関と横断的に連携するプロジェクトとしては以下がある。

 ナノテクノロジー  学習科学  デジタルライブラリー  感染症の生態







なんだか、こちらの方は(Project MAC、米国国立科学財団)、経産省から分離した、産総研のような印象を受けました。
まぁ、だとしても、こちらがオリジナルでしょうが。
それと、出てきた”レイセオン社”は、マサチューセッツにあり、イスラエル軍と関係が深いですな。
共同開発なレーザー兵器。
イスラエル航空宇宙軍は、レイセオン社のミサイルを採用してますね。
そーいや、ドローン開発は、米国とイスラエルが突出してましたね。



Project MACに従事した者の中に、イーサネットの発明。

イーサネット
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88
現代のLANでは、主に物理的な規格である「イーサネット」と、通信内容の取り決めを決めた「TCP/IPプロトコル」の組み合わせが一般的である。

イーサネットの発想の原点はハワイ大学のノーマン・エブラムソン教授が開発した「ALOHAシステム」と言われている。ハワイ諸島の島々を4,800ビット/秒の無線によるネットワークで結ぶシステムであった[1]。

ALOHAシステムのアイデアに基づいて最初のイーサネットは1972年 - 1973年にかけて、米ゼロックスのパロアルト研究所 (PARC) において、ロバート・メトカーフを中心に開発された。1973年5月22日、特許として登録したため、この日がイーサネットの誕生日とされる。




MITコンピュータ科学・人工知能研究所
http://ja.wikipedia.org/wiki/MIT%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%83%BB%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

マサチューセッツ工科大学にある学際的研究所。2003年7月1日、MITコンピュータ科学研究所とMIT人工知能研究所の合併により創設された。CSAIL は研究領域においても研究員の人数においてもMIT最大の研究所である。



ロボット色が強くなりました。


ええと、、、
Project MACやらを見てるとDARPA(ARPA)が出てきます。


国防高等研究計画局
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%98%B2%E9%AB%98%E7%AD%89%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%A8%88%E7%94%BB%E5%B1%80
軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関である。日本語では防衛高等研究計画局、国防高等研究事業局、国防高等研究計画庁などとも表記される。略称はダーパ (DARPA) 。ARPAの時期にインターネットの原型であるARPANET・全地球測位システムのGPSを開発したことで知られている。


組織概要
アメリカ国防総省・国防総省内部部局。大統領と国防長官の直轄の組織でありアメリカ軍から直接的な干渉を受けない組織になっている。構成人員は300人ほどで組織としては小さい。

DARPA長官の下には約150名の技術系職員がプロジェクトマネージャーとして各分野の研究をおこなっている。技術系職員は公募で任期は4〜6年で大半は民間人であり軍人は少ない。DARPAの主な活動は最先端科学技術の速やかな軍事技術への転用である。





組織構造

1.防衛科学研究室 (The Defense Sciences Office (DSO) )
基礎研究部門の一つで主に数学、物理、化学、生物、材料工学、医学などの研究を行っている。
2.情報処理技術研究室 (The Information Processing Technology Office (IPTO) )
基礎研究部門の一つで主にネットワーク、通信、情報収集などの研究を行っている。
3.マイクロシステム技術研究室 (The Microsystems Technology Office (MTO) )
基礎研究部門の一つで主に半導体やマイクロマシンなどの微細技術の研究を行っている。
4.先進技術研究室 (The Advanced Technology Office (ATO) )
応用研究部門の一つ
5.情報活用研究室 (The Information Exploitation Office (IXO) )
応用研究部門の一つ
6.特別技術研究室 (The Special Projects Office (SPO) )
応用研究部門の一つ
7.戦術研究室 (The Tactical Technology Office (TTO) )
応用研究部門の一つ


歴史
1957年にスプートニク・ショックを受けたアイゼンハワー大統領の命令で国防長官に進言する防衛科学技術担当長官 (DDR&E) を国防総省内局 (OSD) に設置したのが始まりである。
1958年に防衛科学技術担当長官 (DDR&E) の下に最先端科学技術を短期間で軍事技術へ転用させるための研究を管理する組織として高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency、略称:アーパ、ARPA)が設立された。
1972年3月23日 DARPAへ改称。
1993年2月22日 ARPAへ戻される。
1996年3月11日 再びDARPAへ戻される。
2001年6月18日 アンソニー・J・テザー (Anthony J. Tether) が長官に就任
2009年7月2日 レジナ・E・デューガン (Regina E. Dugan) が第19代長官に就任





スプートニク・ショックってのは、冷戦時代のソ連に先に人工衛星(ICBM)を成功させられた事を発端にして、
NASAの設立など大きく動いていったお話。

軍産複合体によるプロレスビジネスです。

この時の米国大統領は、アトムズフォーピースのアイゼンハワー。

○原発国民投票ですか。あ、原発ってエネルギー問題じゃないからね。
http://desuperado.seesaa.net/article/245388453.html?1362246037





インターネット
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88
歴史
詳細は「インターネットの歴史」を参照
1960年、インターネットの前身ARPANETに直接影響を及ぼした概念であるJ・C・R・リックライダーのタイムシェアリングシステムが発表される。[3]

1969年10月29日、UCLAとスタンフォード研究所 (SRI) 間で接続され[4][5]、同年12月5日までにUCサンタバーバラ、ユタ大学が接続され4つのノードとなった。

1983年、ARPANETがプロトコルをそれまで利用していたNetwork Control ProgramからTCP/IPに切り替える。

1984年9月、村井純が慶應義塾大学と東京工業大学を接続。同年10月に東京大学が接続され、日本におけるインターネットの起源となる。[6](JUNET)

1985年、アメリカの「全国科学財団」による学術研究用のネットワーク基盤NSFNetが作られ、インターネットのバックボーンの役割がARPANETからNSFNetへ移行する。

1988年、アメリカで商用インターネットが始まる。1989年、商用ネットワークとNSFNetとの接続が開始される。

1990年、スイスの素粒子物理学研究所・CERNの研究員であったティム・バーナーズ=リーは、当時上司だったロバート・カイリューらの協力によりWorld Wide Webシステムのための最初のサーバとブラウザを完成させる。

1994年7月、アメリカ・タイム誌で、「インターネットは核攻撃下でのコミュニケーションの生き残りを想定して開発された」[7]という記事が掲載される。ARPANET立ち上げ時のIPTO責任者であったロバート・テイラーは、この記事に対して事実とは異なる旨、正式な抗議をタイム誌に対して行った。以降、ARPANETは核戦争時のための軍事ネットであるという俗説が流布するようになる。

1995年には、NSFNetは民間へ移管され、Windows95の登場で一般個人でのインターネットの利用に加速がついた。なお、Windows95の初期バージョンではインターネット関連の機能は「Microsoft Plus!」による拡張機能とされていたが、OSR2以降は標準搭載されている。







素粒子物理学ってのは、前回見てた加速器を使った研究もそういう風に呼びますね。



あ、そうそう。
ICって何?と、僕みたいな人は多いと思いますので…


biglobeなんでも相談室
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa1432245.html

IC(集積回路)って何ですか?



ICはデジタルICとアナログICに大きく分けられると思います。
デジタルICはデジタル回路をパッケージ化したもので、sinobu_wednesdayさんの言うように0と1、(TTLのICなら0Vと5Vに対応)を制御するような回路です。
例えば、パソコンのUSBの通信制御専用のIC(機械やパソコンから0や1の情報が来たときに、USBの通信規約に従った信号に変換する)、パソコンなどのCPU(NANDなどのロジックICの集まりでNANDをたくさん組み合わせれば足し算や掛け算も出来る)、メモリIC(数字を記憶しておくだけのIC。トランジスタがたくさん並んでいて電流が流れていないときを0、流れているときを1として書き換えられるまで同じ値を保持している。)、インターホンや電話などにはメロディIC(例えば「エリーゼのために」の演奏専用ICは電源を与えれば延々と音楽に対応する電気信号を出し続ける)などがあります。デジタルICはデジタル信号(情報)を変換するICと言ってもいいかもしれません。

アナログICはOPアンプ(おぺあんぷ)が代表例です。OPアンプは普通、電気信号の増幅に使われます。音楽を聴くときの音量調整に使われていて、外付けの抵抗を変化させると増幅率が変わるので音量調整が出来ます。ADコンバータはアナログ電圧をデジタルの数字に変換するものです。例えば音量調整の場合、ボリューム(可変抵抗)を回転させると抵抗が変化するようになっていて、その電圧をADコンバータに入力させるとそれを例えば「14V」のように数値に変換してデジタルデータに直します。デジタルデータでは14は1110(2進数)と表されるので、結局「14V」を入力させると「5V、5V、5V、0V」の順に出力されます。センサーICはセンサーが内蔵されているもので例えば温度センサーはIC本体の温度に対応した電圧を出力します。光センサーは光の強度に対応した電圧を出力します。

実際にある電子機器を作る際には、たくさんのICを組み合わせて使います。例えばエアコンなどの温度調整には、
温度ICで温度を電圧に変換→ADコンバータで電圧をデジタル数値に変換→メモリICから設定温度を読みこむ→CPUが現在温度と設定温度の差を計算→設定温度の差をDAコンバータで電圧に変換→エアコンのモーターを動かす。
のようにして、たくさんのICで電圧(情報)を変換してエアコンの出力をコントロールしています。

昔の機械はICではなく抵抗、コンデンサ、トランジスタの部品を1個1個はんだ付けして組み立てていたので大きな機械でしたが、ICを使うようになって小型化され値段も安くなりました。ICを使わない家電製品は町の電気屋さんでも修理できましたが、ICを使った製品は作ったメーカーの開発者でないと理解するのは難しいと思います。企業秘密のため教えないことも多いです。ICの仕組みなども最低限必要なことはデータシートで公表されますが、詳しいことは企業秘密だと思います。









最後に最近出しそびれていたお話。




https://mobile.twitter.com/desupehannari/status/314149929381670912?p=v
desuperado @desupehannari
サイバー菌は、すべてのインフラだって分かってたのに、何故、アタマから”医療”がぬけおちてたんだろ、アホめ。。シーメンスhttp://t.co/wt3joK338v医療電子カルテのシェアの3割以上を誇る富士通もここから派生。


https://mobile.twitter.com/statuses/314146021628329984/retweet
上下左右前後 @sihouhappou 14時間
メモ あつ花別館氏 真実のスギ花粉「花粉飛散量増加の謎」の謎http://t.co/4S5tqIVTqX 日経トレンディ 過去35年間の飛散データから見えてきた“2011年型”花粉症の傾向と対策〜もっと知りたい花粉の話http://t.co/FPZ4qUF1LM

https://mobile.twitter.com/sihouhappou/status/314148801109688320?p=v

上下左右前後 @sihouhappou
ここで重要なのが花粉症が認知されたのがブタクサ花粉症で1961年。 ※PDF注意

http://t.co/EzqJqhvEYu
化学物質過敏症
http://t.co/MaC18yDTMi
ヌガ作戦
http://t.co/UYxI2EzCTV

https://mobile.twitter.com/sihouhappou/status/314149975418355713?p=v
上下左右前後 @sihouhappou
花粉症の認知と化学物質過敏症の発見に核実験の地下化が見事に連動しているねー。あー不思議だねー、じつに不思議だねー。



https://mobile.twitter.com/tutinoue/status/315325459271413760?p=v
ばぜどん @tutinoue
サクラグローバルホールディング

http://t.co/bNRuvBXLxk
1970年米国アムスコ社と業務提携 1979年米国マイルス社とティシュー・テックVIPの委託製造契約を締結 1995年米国バイエル社の病理・細胞診断検査装置事業を買収



https://mobile.twitter.com/touyoui/status/315256855523885057?p=v キチガイ医 @touyoui
「1977年、WHOはアフリカ、ブラジル、ハイチで天然痘予防ワクチンにエイズ・ウィルスを混ぜ、有色人種に対し無料で大量に接種した。」ロンドン・タイムズ1987年5月11日付







ああ、また忘れたw



○JAXAと よくある地震
http://desuperado.seesaa.net/article/344125965.html

https://mobile.twitter.com/desupehannari/status/311140330529497088?p=v
今回の、書かなかったけども。阪神淡路の場所とか、長野の場所とか。ピンと来る人いるよねぇ?


JAXAは、2003年の10月に。
文部科学省宇宙科学研究所(ISAS)・独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)・特殊法人宇宙開発事業団(NASDA)が統合されて出来た機関。

これら3つの機関は、文科省、科学庁の管轄だったのだが、
JAXAになると、文科省、内閣府、総務省、経産省の共同になる。

内閣府は、まぁ、そら分かるが、、
何故に経産省が?w
ドジンが支配するクニが行う事業の円滑を進める総務省が?w


経産省は、ちらっと出してきてはいるが、
まぁ、いろいろとまだまだ遠くて足りないモノが多すぐるw
ある情報の交差点は、次にw



posted by デスペラード at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。