2012年03月16日

民営化っつー「ワード」 下山事件

●スロウ忍ブログ  2012年03月10日
○大阪維新の会の橋下徹・大阪市長が案の定、水道民営化を主張。

http://surouninja.seesaa.net/article/256794504.html#comment
<コメント>
水道事業を民営化せずにコストダウンする方法とかあるんだろうか?
Posted by BUSH at 2012年03月10日 17:52

BUSHさん
果たして民営化すればコストダウンするだろうか。
抑々(そもそも)事業を独占した営利企業がコストダウンする理由など存在するだろうか。

Posted by スロウ忍 at 2012年03月11日 09:32



端的で、分かりやすいw


僕には、言葉のデザイン力もないし、知力が足りない、てか、もともとに無いw
近しい人にも上手に伝えられないw

目の前にいる人ってのは、自分とは違う誰かなんだが、
自分の周りってのは、自分を形成してくれてるもんであって、
だからそれは、自分の一部で、そしてそれは、自分そのものだったりする。

自分のアホさ加減にうんざりすんのもアレなんでw
アホはアホなりに、分からん時はジタバタですなw


「下山事件 最後の証言」 柴田哲孝 を読みながら。

下山事件 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
連合国の占領下にあった1949年(昭和24年)7月5日朝、国鉄総裁下山定則が出勤途中に失踪、翌日未明に死体となって発見された事件。
事件発生直後からマスコミでは自殺説・他殺説が入り乱れ、警察は公式の捜査結果を発表することなく捜査を打ち切った。下山事件から約1ヵ月の間に国鉄に関連した三鷹事件、松川事件が相次いで発生し、三事件を合わせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる。

<事件の時代背景>
1949年(昭和24年)、中国大陸では国共内戦における中国共産党軍の勝利が決定的となり、朝鮮半島でも北緯38度線を境に共産政権と親米政権が一触即発の緊張下で対峙していた。このような国際情勢の中、日本占領を行うアメリカ軍を中心とした連合国軍は、対日政策をそれまでの民主化から反共の防波堤として位置付ける方向へ転換した。まずは高インフレにあえぐ経済の立て直しを急ぎ、いわゆるドッジ・ラインに基づく緊縮財政策を実施する。同年6月1日には行政機関職員定員法を施行し、全公務員で約28万人、1949年(昭和24年)、中国大陸では国共内戦における中国共産党軍の勝利が決定的となり、朝鮮半島でも北緯38度線を境に共産政権と親米政権が一触即発の緊張下で対峙していた。このような国際情勢の中、日本占領を行うアメリカ軍を中心とした連合国軍は、対日政策をそれまでの民主化から反共の防波堤として位置付ける方向へ転換した。まずは高インフレにあえぐ経済の立て直しを急ぎ、いわゆるドッジ・ラインに基づく緊縮財政策を実施する。同年6月1日には行政機関職員定員法を施行し、全公務員で約28万人、同日発足した日本国有鉄道(国鉄)に対しては約10万人近い空前絶後の人員整理を迫った。

同年1月23日に実施された戦後3回目の第24回衆院総選挙では、吉田茂の民主自由党が単独過半数264議席を獲得するも、日本共産党も4議席から35議席へと躍進。共産党系の産別会議(全日本産業別労働組合会議)や国鉄労働組合もその余勢を駆って人員整理に対し頑強な抵抗を示唆、吉田内閣の打倒と人民政府樹立を公然と叫び、世情は騒然とした。下山総裁は人員整理の当事者として労組との交渉の矢面に立ち、事件前日の7月4日には、3万人の従業員に対して第一次整理通告(=解雇通告)が行われた。


>同日発足した日本国有鉄道(国鉄)に対しては約10万人近い空前絶後の人員整理を迫った。
この渦中(政府、労組、GHQ)の中の責任者が下山総帥。

第一次解雇の期日辺りでは、合法闘争を主張とする右派の民主化同盟(民同)と労組主流の左派「非合法闘争」で一触即発状態だった。

「中央闘争に加わった左派労組幹部を解雇しろ」と時の増田官房長官。
「できない。民同派も加わっての事なので、誰が賛成したかも分からない」と白川総帥。

下山総帥は、左派に片寄らない、年齢や仕事内容を下にした人員整理を目指していた。
下山総帥の死後、国鉄労働組合の大量解雇(赤狩り)に繋がった。

その一年前には、昭電懐獄事件が起こっている。
GHQの本丸がGS(民政局)からG2(参謀第二部)に変換した事件。
ニューディール派から保守派に。
GHQの下で、民主化を進めていたGS(民政局)。
結果的に共産党が大きくなっていた。
この赤狩りとゆう点で、日本の右翼と結託し、起きた事件。
吉田茂は、芦田内閣を潰したかった。
G2のウィロビーは、GSのケージスを追放したかった。

当時の国鉄利権は、汚職の温床だった。
国鉄が適正価格の2,3倍の価格で下請け業者に仕事を発注する(談合によって決まっていた)。
これに参加していたのが、満州鉄道、旧陸海軍と軍事物資の取引があった企業。
このカネが、軍閥にGHQ内に流れ、政界に流れていた。
CTS(交通管理部門)のシャグノン中佐は、国鉄を「マイ・レール・ロード」と呼んでいた。

下山総帥は、運輸次官の頃からこの汚職を追放しようとしていた。
国鉄の設備投資などの予算を抑えれば、人件費に廻せる、と。


下山事件のド真ん中にいた、亜細亜産業の総帥、矢板玄。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E6%9D%BF%E7%8E%84
1915年(大正4年)、栃木県矢板市にて、矢板玄蕃(げんば)の長子として生まる。玄蕃の跡を継ぎ、矢板家の十五代当主となる。なお玄蕃の祖父は矢板市の名士矢板武である。
玄は、横浜高等工業学校の電気化学科を卒業後、昭和電工に入社した。 その後、中国大陸に渡り、軍部の命を受け、矢板機関を組織し活躍した。 1940年(昭和15年)、勲六等瑞宝章を受勲する。
戦後は亜細亜産業株式会社を起業し、社長となる。亜細亜産業が解散した後は、1957年(昭和32年)に東山工業株式会社の取締役となる。その後、三菱化成顧問、下野銀行頭取、下野銀行顧問、矢板信用組合理事長などを歴任し活躍した。

旧大蔵省の外郭団体、日本金銀運営委員会。
戦中に日本中から集めた金銀ダイヤの運営管理。
父の矢板玄蕃、右翼の三浦義一が政治家(当時、大蔵省)の迫水久常と組んで作られた。
迫水を動かしたのが東条英機。
この金は、戦後の吉田内閣から岸内閣まで政治資金として使われた。

曾祖父(12代目・矢板武)は鉄道会社の役員で、国鉄の東北本線や日光線の元になった。
東武伊勢崎線も玄蕃が作った。
矢板武の後を継いだのが寛で福井からの養子。
その次の玄蕃も福井からの養子。

満州、インドネシアにいた頃は、主に三菱商事の軍事物資の調達、スパイ活動。
亜細亜産業は、アヘンなど麻薬の密輸をしていた。

前にも触れたが、この栃木県矢板市は、みんなの党党首の地盤。
渡辺 喜美は、父の地盤から受けついだ。
父の代からも対抗馬は、一切まともに出てこない。

三菱化成の顧問時は、ベトナム戦争中。
枯葉剤で有名なモンサントと三菱がくっついてる時期。

著者の柴田哲孝が矢板玄と対面している時に下山事件についてのやりとり。
柴田
「労組左派の犯行説を政府もGHQも宣伝してましたよね。その結果、共産党は求心力を失い、国鉄の大量解雇は一気に加速された」
矢板
「表面だけを見ればそうなる。しかしそれは「結果論」だ。もっと視野を広げてみろ。」
柴田
「アメリカの謀略ですか?」
矢板
「ドッジ・プランとは何だったのか。ハリー・カーンは何をやろうとしていたのか。」


三菱財閥による国鉄の民営化の噂。
三菱は運輸で伸びた財閥。
国鉄は、戦時中は「鉄道省」と独立していた。
戦後すぐに「運輸省鉄道総局」運輸省の一部になった。
そして、「日本国有鉄道」とゆう公社に変わる、その初代総裁が下山。
段階を得て、国政からの切り離し。

大量解雇も民営化を前提とした合理化だとすると、
クビ切りに積極的では無かった下山総帥は、このカードを駆け引きに使おうとしてたのではないか。


国鉄3大ミステリーの一つ、松川事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
三鷹事件から約1ヶ月後の1949年(昭和24年)8月17日午前3時9分頃[1] 、福島県信夫郡松川町(現福島市)を通過中だった青森発上野行き上り412号旅客列車(C51形蒸気機関車牽引)が、突如脱線転覆した。現場は、東北本線松川駅 - 金谷川駅間のカーブ入り口地点であり、先頭の蒸気機関車が脱線転覆、後続の荷物車2両・郵便車1両・客車2両も脱線。機関車の乗務員3人(49歳の機関士、27歳の機関助士、23歳の機関助士)が死亡した。

捜査当局はこの事件を、当時の大量人員整理に反対し、日本共産党の影響下にあった東芝松川工場(現北芝電機)労働組合と国鉄労働組合(国労)構成員の共同謀議による犯行との見込みを付けて捜査を行った。

国鉄側に9名、東芝側に11名の逮捕者をだした。死刑10名、無期が3名の求刑を出すが、後の14年後、全員無罪が確定する。

コレで、大量解雇が進んだのは、東芝。
全43工場のうち28工場を閉鎖、4600人の解雇者を出した。
当時の東芝の社長石坂が、対日見返り資金(戦後復興の為にアメリカが日本の企業に向けた特別融資枠)を計画していた。ディロン・リード投資銀行がバックにいた。
国鉄の民営化にもディロン・リード社が動いている話があった。

GHQの国鉄接収の話。
CTS(交通管理部門)の任務は、国鉄の管理統制と、時は冷戦下。
対ソ連、中国、朝鮮戦時下における日本の鉄道輸送計画があった。
つまり、日本を極東前線基地として、国鉄を軍事施設と考えていた。


「ドッジ・プランとは何だったのか。ハリー・カーンは何をやろうとしていたのか。」


ハリー・カーンは、ニューズウィークの外信部長。
ニューズウィークは、資本家が支配する報道機関で、日本の経済弱体化には反対だった。そして、戦前からファシズムを支持していた。
昭電懐獄事件も関与している。
日本の政治と経済を作ったといわれる「ジャパン・ロビー」がハリー・カーンを中心に出来る。
ジャパン・ロビーには、ロックフェラー、JPモーガン、ハリマン、アスター、メロンなどの大財閥、大富豪がいた。
カーンを最も支えたウォール街の投資銀行は、軍産のディロン・リード社。
この後援者の中にCIA初代長官のアレン・ダラスもいた。

ドッジ・プランの軸「1ドル=360円」「単一為替レート」
銀行家ドッジの裏にいたのは、ジャパンロビー。
1ドル=360円は、戦時中の360倍。
360分の1の投資で、日本の企業などを買い、日本の経済復興と共に円の値上がりが起これば、天文学的な利益を上げる事が出来る。


昭和22年当時、マッカーサーは、「対日講和条約の締結ならびに占領解除の時機到来」を言及していた。
日本では、社会党がソ連を含む「全面講和」を掲げ、吉田は、アメリカ一国主義の「単独講和」を主張していた。
朝鮮戦争勃発により、単独講和になっていった。
そして、日米安保、サンフランシスコ条約と繋がっていく。



●誠天調書 2011年10月31日
○TPPをドジョウが一匹で罪を被って進行させる必要は 全くに無い

http://mkt5126.seesaa.net/article/232705295.html

https://twitter.com/yoc_chyy/status/130401227153477632
今さらではあるが「エセ右翼=CIA」である 
60年代の日米安保闘争の際、当時の首相・岸信介が
安保闘争鎮圧のため同じCIAエージェントだった児玉誉士夫に右翼とヤクザを動員させ、
米安保に反対する人々の弾圧にあたらせたという事実は、今や広く知られた話である。

https://twitter.com/jhatajinan/status/130416865834045440
日米安保条約をどう思いますか?
戦勝国側の諜報機関のエージェントだった吉田茂が講和条約の
どさくさに紛れてたった一人で調印した結果が今の日本なのです。
無反省は良くない


俺は、吉田茂の 其の時の対応は間違ってなかった、と思っている。

あの段階 つまり
宗教右翼というカルトの力が日本では絶対的だった時期に
その勢力状態のままに 米帝と戦い続けるリスク を考えれば「まだマシ」だとは思うから。
あのままでは 核攻撃の連続にも万歳突撃をしかできない戦い方しかできなかったw と今なら分かる。

吉田茂が取れる選択肢は限りなく少なかった。
その中で 経済復興 経済力の強化 にのみ全てを傾倒させるという選択肢が
間違ってなかった事は今なら分かるではないか。
問題は その時に良かったとされた事が、今では害悪を撒き散らすだけになってしまった事 にある。
それが日米関係なのだ。

今とは状況が違いすぎる。




下山総帥の立っていた位置。
「赤狩り」として潰されてきたもの。
共産側ってんじゃなく。
その先にあったもの。




四元義隆は、国鉄の民営化論者
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%85%83%E7%BE%A9%E9%9A%86
戦後は政界の黒幕的な存在として歴代総理、特に中曽根康弘、細川護煕政権では「陰の指南役」と噂された。

四元がロッキード事件の中曽根の関与をもみ消した。
そして、国鉄の民営化の扉を開いたのが中曽根。

国鉄分割民営化 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84%E5%88%86%E5%89%B2%E6%B0%91%E5%96%B6%E5%8C%96
中曽根康弘内閣が実施した政治改革。日本国有鉄道(国鉄)をJRとして6つの地域別の旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社などに分割し民営化するものである。これらの会社は1987年4月1日に発足した。

このほか同時期に電電公社や日本専売公社を含めた三公社の民営化が自由民主党によって進められた。なお、分割・民営化に現場で辣腕を振るったのは、運輸大臣の三塚博であった。


三塚博 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%A1%9A%E5%8D%9A
清和怪、幸福の科学。
「少年の健全な育成を阻害する図書類の販売等の規制に関する法案」作成中心人物。
1982年に国鉄現場を抜き打ち視察を行い、同行していたマスメディアに国鉄の現場の腐敗ぶりを広く知らしめることで国労の遵法闘争に終止符を打って国鉄分割民営化への道筋を切り開く。



続く感じでw


posted by デスペラード at 17:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その本については、このページも参考にして頂けると幸いです。
http://www.geocities.jp/kosako3/shimoyama/nagashima_nengajo.html
Posted by kkos at 2012年03月17日 00:21
kkosさんどーもです。

3ヶ月たって返事するといういい加減さw
いろいろ治さねーとw
Posted by デスペラード at 2012年06月01日 18:10
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。